第5章 名前の知らない感情は
忙しなく動いていた目が1点で留まり
「ほら、ここ。ここに名前が」
雛鶴さんはその場所がみんなから見えるように、手に持っていた風呂敷を座卓の上に置いた。
「…ここって確か、駒澤村にある呉服屋さんじゃないかい?」
「呉服屋さん?」
「あ!そうかもしれないです!天元様のお買い物に付いていった時、煉獄家御用達の呉服屋だって言っていた気がします」
「はぁ!?ちょっと須磨ぁ!天元様の買い物に着いて行ったてどういう事だい!?さてはあんた抜け駆けしたねぇ!」
「痛いっ!もぅ!まきをさんってば腕引っ張らないでくださいよぉ!」
そうしていつもの如く揉み合い始めたまきをさんと須磨さんを尻目に
煉獄家御用達の呉服屋の風呂敷かぁ…これは、きちんと弁償して返すしかないな。次の休みの時にでも…行って来よう。同じものがあれば一番良いんだけど。
そんなことを考えながら、縮んでしまった風呂敷を手に取り、じっと見つめる。
これを…どんな風に私のお腹に掛けてくれたんだろう
頭の中でその姿を想像してみると、甘酸っぱい何かが胸に広がっていくようだった。
「…女の子の顔になってるわね」
「…っ!」
私にだけ聞こえるように雛鶴さんは小声でそう言った。囁くようなその声は、幸いにも揉み合っているまきをさんと須磨さんには届いていない。
「…っそんなこと…ありません」
言葉ではそう否定しているものの、自分でもごまかしきれない確かな気持ちが私の中に生まれてしまっていることに、私自身目を逸らせなくなってきていた。
「そうかしら?少なくとも私には、そう見えたんだけどな」
そう言ってにこりと微笑む私の胸の内なんて、雛鶴さんには手に取るようにわかっているのかもしれない。
それでも。
雛鶴さんからそう見えてしまっていても。
自分自身もその気持ちから
目を逸らせなくなり始めていても。
私はそこから
目を逸らし続けなければならない。
「……そんなんじゃ…ないんです」
その言葉は、雛鶴さんに向けた言葉なのか、はたまた自分に向けた言葉なのか、自分でもわからなかった。