第5章 名前の知らない感情は
そんなことを考えながら炎柱様の顔をじっと見ていると、炎柱様は微かに首を傾げ、私の顔を伺うように見ながら
「やはりまだ怖がらせてしまっているだろうか?」
眉を下げそう私に尋ねてきた。
…もう…優しすぎるよ。
心の中でそんなことを呟きながら
「炎柱様は相変わらず私のことを野良猫か何かと勘違いしているんでしょうか?もう…少しも怖いなんて思わないので、そんなに気を遣ってもらわなくても平気ですよ」
炎柱様に微笑みかけた。
そんな私の言葉と行動がよっぽど以外だったのか
「…っ」
炎柱様が珍しく言葉を詰まらせ、いつも猛禽類のように大きく開かれているその瞳を、さらに大きく見開いた。
…ビー玉みたいに…落ちちゃいそうだけど。
その後、ふっと我に返ったようにいつもの炎柱様の表情に戻った。
そして
「やはり君は、そうして笑っている方が素敵だ!」
そんなことを、なんの恥ずかしげもなく言った。
「…っ!!!」
その言葉と表情に、胸がぎゅっと苦しくなり、先ほど炎柱様がそうなっていたのと同じように、私も言葉に詰まる。そんな私に向け、炎柱様はつかつかと近づいてくると、腰に手を当てながら前傾姿勢になり、視線の高さを合わせ
「次は何を食べたいか、考えておくと良い」
そう言った。
また一緒に食事に行くなんて約束をした覚えもないのに、私は自然にコクリと、炎柱様の可愛いとも感じてしまうその笑顔に目を奪われたまま頷いてしまう。
「ではまた!気をつけて帰るように!」
それだけ言うと、炎柱様はバサリと羽織を翻しながら身体の向きを変え、あっという間にいなくなってしまった。
…行っちゃった…。
河原に一人残された私は、ぼんやりと先ほどまで炎柱様が腰かけていた場所をじっと見る。
騒がしいとも言えてしまう炎柱様がいなくなり、私一人しかいない河原では川のせせらぎも、鳥のさえずりも、葉っぱがこすれる音も心地よく耳に届いてくる。ここに着いたときは、ただただこの音を聴いているだけでも幸せだ思っていたのに。
1人は寂しい…かも。
私は間違いなく、炎柱様がいなくなってしまったことが”寂しい”と、そう感じてしまっていた。