第5章 名前の知らない感情は
私の事を暗に弱いと言ってしまっている事を、炎柱様は気にしているようだった。
そんなの当たり前のこと、気にする必要なんてないのに。
「…っ!あの…私、自分で言うのもなんですが、炎柱様の言う通り、凄く弱いんです。単独任務を任されることも少ないし。でも、炎柱様や仲間たちが怪我をしないように支援に回ることで役に立てます。天元さんにもそう仕込まれました。だからもし、また何か、こんな私でも役に立てることがあったら…いつでも呼んでください」
それが、なんの嘘も見栄もない、正直な私の気持ちだった。
「それは心強い!是非その時は、また荒山を頼らせてもらおう!」
炎柱様はそう言って私に微笑みかけてくれたのだった。
「…さて。残念だが俺はそろそろ見廻りにいかねばならない時間だ」
最後のおにぎりをパクリと食べ終えた炎柱様は、そう言いながら徐に立ち上がり、なぜか3歩前進した後私の方に振り返った。
…なんで、わざわざ前に進んだんだろう?
その行動の意図が分からず、思わず首をかしげてしまった私に
「あまり至近距離で見下ろしてしまえば、また怖がらせてしまうと思ってな」
炎柱はそんな事を言った。
今日1日炎柱様と行動をしていて感じたのは、炎柱様は私を驚かせないようにだとか、圧迫感を感じさせないようにだとか、そんな本来であればしなくてもいい気遣いを当たり前のようにしてくれていたという驚きにも似た感情。
そして極めつけがあの言葉。
”弱き人を助けることは強く生まれた者の責務"
"それが強く生まれた俺の使命だ”
この人は…炎柱様は、私が今まで出会ってきた人の中で、誰よりも強くて…優しい。
ふと思い出したのは、私よりもずっと剣の才能も呼吸の才能もあるくせに、強さを誇示し、自分よりも弱いものを利用し、他者を蔑むような目ばかりをしていた獪岳のこと。
炎柱様と獪岳…まるで正反対だな。
誰かと誰かを比べ、”こっちの方が良い”だとか”こっちの方が駄目”と思うことが良くないことだとはわかっている。それでも、私の中であまりにも対極的に見えてしまった二人を、どうしても比べることをやめられない。