第5章 名前の知らない感情は
なんの面白みもない私の話を、炎柱様は珍しく、静かに黙って聞いているようだった。
「…っ折角おにぎりが美味しいのに、こんな気分の悪い話を聞かせてすいません」
私が場を取り繕うようにそんな事を言うと
「いや。俺の方こそ嫌なことを思い出させすまなかった」
炎柱様はシュンとした様子でそう答えた。
炎柱様、…こんな声も出せるのね。
私がそう思ってしまう程、炎柱様の声はいつもの大きさも、張りも、形を潜めてしまっていた。
「気にしないでください。って事で、体格のいい男性がみんな大嫌いな父親と同じだと思い込んでいる私は、炎柱様がとても苦手だったんです」
「…だったんです?」
炎柱様は私の言葉に反応し、自分の手元に向けていた視線を、私の方へと向けた。
「…先日と、今回の炎柱様との任務でよくわかりました。炎柱様は体格がよくて、声も頭に響くくらい煩くて、人との距離感はおかしいけど……とても、優しい方です」
私の大嫌いな父親とは似ても似つかない。嫌悪を抱いてしまう対象とは正反対に位置する、強さと、優しさと、気高さを兼ね備えた、私にはいささか眩しすぎるとも言える存在だ。
炎柱様は、ただでさえ大きなその瞳をまん丸に見開き私をじっと見ている。
「たくさん失礼な態度を取ってしまい、すみませんでした」
私の為に声を抑えてくれたり、目線を同じくしようと屈んでくれたり、髪と頬についた土を払ってくれた。そんな姿を思い出すと、自然と頬が緩み、私の凝り固まった心がどんどん解されていくような気がした。改めて謝罪を述べる私に
「いや…先程も言った通り謝る必要はない!俺はただ、亡き母との約束を守っているだけのこと」
炎柱様はそう言った。
「…っ…亡くなったお母様との…約束…ですか?」
"亡き母との約束"
告げられたその言葉に、私は思わず息を詰まらせる。
「うむ!母上は、弱き人を助けることは強く生まれた者の責務だと、それが強く生まれた俺の使命だとそう俺に教えてくれた。その言葉が、俺をここまで強くしてくれたと言っても過言ではない。だから俺は、何があろうとも母上が残したその言葉を守り、誰よりも強くあり、たくさんの人々を救う!だが誤解しないで欲しい!荒山は俺よりも弱くあるが、優れている部分もある!」