第5章 名前の知らない感情は
手に持っていたおにぎりから炎柱様に視線移すと、3つ目のおにぎりに手をかけているところだった。
1個しか聞いてないはずなのに…私が質問を3つしたって…どう言うこと?
そう思いながら炎柱様の顔をじっと見ていると、パッと視線が合い
「"何故興味があるのか?""戦い方か?""音に敏感だからか?"合計3つだ!」
ニコリと笑いながらそう言った。
「…合計…3つ?」
私が間の抜けた声でそう言うと
「3つだ!」
炎柱様は異論は認めないと言わんばかりの声で"3つ"と言う部分だけを再び繰り返した。そんな様子に思わず
「…っずる…!」
敬語も忘れ、思わずそう文句を言ってしまった。
「そんなことはない!」
自信満々にそう言った炎柱様の様子に、これは何を言っても無駄だろうなと思った私は
はぁ
と一度ため息を吐き、ここまで来たらもう全部話してしまおうと腹を括ることにした。
「楽しい話ではありませんが…聞いてもらえますか?」
私がそう炎柱様に尋ねると
「もちろん!どんな話でも聞こう!」
そう言って私の方に顔を向けてくれた。
「後からあれこれ話すのも嫌なので、全部……話しますね。…私の父は、母に暴力や暴言を繰り返し、終いには他所で女を作って、母を自殺に追い込んだクソ野郎でした」
呼吸を整えるために一度話を区切り、なんでもない風を装い淡々と話を続ける。
「…自死した前妻の子どもである私は、新しく家に来た継母と父には邪魔者でしかなくて、追い出されるように奉公に出されました。まぁ、あんな大嫌いな人間しかいない家、出られて清々しましたけどね。お陰で奉公先で心から尊敬できる女将さんと、大好きなお琴にも出会えたし」
「…そうか」
「音の変化や気配に敏感になったのは…母を、あのクソ親父の横暴から守りたかったからなんです。だからちっとも、炎柱様に褒めてもらえるような能力じゃ…ないんです」
こんな形で役に立つ日が来るとは思っていなかったけど。
「まぁ、皮肉にも、その能力のお陰で、私はこうして天元さんに気にかけてもらえたり、弱いながらも炎柱様のような強いお方の役に立てるのですが。…そうじゃなかったら、自分のトラウマの象徴のようなこんな能力なんて…本当は今すぐ消え去ってもらいたい位です」