第5章 名前の知らない感情は
その風呂敷はなんだ、食事はどうするのか、何処へ行くのか。聞きたいことはたくさんあるのに、スタスタと先を歩いて行く炎柱様は、全くもって私にこの状況を説明してくれるつもりはないらしいく、質問を投げかける暇すらない。
本当に…この人、マイペース過ぎるでしょう。
そんなことを心の中でひとりごちりながらも、私は素直にその背中を追いかけた。
「この辺にしよう」
辿り着いたのは街のそばにある河原だった。
「…綺麗。それに…素敵な音がする」
川の流れる音。草の擦れ合う音。野鳥のさえずり。
いい音。やっぱり、水音って…すごく落ち着く。
目を瞑りそれらの音を堪能していると、サクリと音がした。目を開け音のした方に目を向けると、炎柱が徐にその場に腰掛けているところだった。
「君もここに座るといい」
そう言って炎柱様は自分の隣をポンポンと叩く。その行動が意味することに一瞬戸惑ったものの、その言葉に従い、けれども炎柱様が叩いた場所よりも人一人分の距離を多くとり、私は炎柱様の隣に腰掛けた。
「さて。君はどれにする?」
そう言って炎柱様が持っていた風呂敷包をパッと開くと
「…美味しそう」
沢山のおにぎりがそこから顔を出した。
「そうだろう?先程の店で店主に握ってもらった!好きなものを取ると良い」
成る程。だから中々店の中から出てこなかったのか。
「…でも、どうしてわざわざ?あの店で食べれば良かったではないですか」
そうすれば、こんな外で(大好きな音に囲まれた私としてはものすごく嬉しいのだが)、地べたに座り込み、おにぎりを食べる必要なんてなかったはずだ。
「あの店は騒がしかっただろう?こうした方が君と落ち着いて話が出ると思った」
その事を、さも"当たり前のことだ"と言わんばかりに言う炎柱様は、私が勝手に作り出していた炎柱様像とは似ても似つかない。
そんな風に…気を遣ってもらえるなんて。
普通の、私のように大きな音や騒がしい音が苦手な人間相手でなければ、本来そんな気を遣う必要もないのに。