第5章 名前の知らない感情は
そんな私に炎柱様が笑みを受けべながら放った言葉は
「それで、どこへ食事に行こう?」
「…へ?」
という、話の脈略もなにもないそんな言葉だった。
…いや確かに行くって約束してたし…任務が無事終わったと言えばそうなんだけど…ついさっきまで鬼と戦ってたのに…切り替え…早ずぎでしょう。
関心なのか、はたまた呆れなのか、そんな気持ちで炎柱さまの顔をじっと見てしまう。
私がそんなことを考えているとは微塵も思っていなさそうな炎柱様は
「どうした?よもや約束を忘れたか?」
私の顔をじっと見返しながらそんな風に聞いてくる。
「…っ忘れてなんかいません!きちんと覚えています!」
「それはよかった。で、何が食べたい?どこか行きたいところはあるか?腹は空いているか?」
次々に投げかけられる質問に私は全く答えれない。
「っもう!答える前に次の質問をしてくるのはやめて下さい!」
少し声を荒げながらそう言った私に
「わはは!すまない!君と食事に行けるのを楽しみにしていたからな!大目に見てくれ!」
「…っ…」
そんな風に言われてしまえば、流石の私もこれ以上文句を言えるはずもなく
「…もう。お願いですから少し落ち着いてください」
「わはは!すまない!」
そんなことを炎柱様に言ったものの、私の心も、ちっとも落ち着てなんかいなかった。
…嫌だなこの感じ。やっぱり…”無理です”って言って帰ってしまいたくなる。
それでもそうする選択肢を選ばないでいるのは、天元さん達との約束もそうだが、私自身、もっと炎柱様の人となりを知りたいと、そう思いはじめていたからだ。そして、炎柱様のことを知るということが、私の幼少期から抱えるトラウマや、男性に対する不信感を払拭する大きな鍵になるような気がしてならなかったからだ。
「確か…街の東の方に、定食屋さんがありましたよね?あそこなんてどうでしょう?この時間であれば、もう夜の営業が始まっているでしょうし、まだ混んではいないと思うのですが」
「あそこか!では行くとしよう!」
そう言ってスタスタと歩き出した炎柱様の背中を
「あ!待ってください!」
私は慌てて追いかけた。