第5章 名前の知らない感情は
「炎柱様!屋敷の真ん中に中庭があります。おそらく鬼は…そこいます!」
「そうか!では行くとしよう!」
そう言いながらスタスタと屋敷に向かっていく炎柱様を
「っ待って下さい!」
私は慌てて引き留めた。
「どうした?」
炎柱様はクルリと振り返り、私の顔を首を傾げ見る。私はそんな炎柱様に
「そのまま中に入っては危険です!」
と声を掛けた。
屋敷内にくまなく張り巡らされているような何かが、…とてもいやな感じがする。それに触れるのは…きっと良くない。
けれどもそんな私の助言は”柱”という立場にある炎柱様には必要なかったようで
「無論!わかっている!」
そう言って人差し指を立て、屋根を指さし
「上から行く!」
とそう言った。
建物内部には確かに気配を感じるが、屋根や外壁には特段そう言ったものを感じない。
私が探った限り、それが最適な判断だ。
「…私も、そこからがいいと思います」
ぼそりとそう言った私に、炎柱様はほんのり目を細め、ニヤリと普段とは違う少年じみた笑みを浮かべながら
「俺とて柱だ。荒山に後れを取ってばかりはいられまい」
まるで私を挑発するような表情で言った。
初めて見る炎柱様のその表情に
「…っ…」
ドクッ
と、胸が高鳴ってしまうのを感じた。
…違う。…そんなんじゃない。…絶対…違う!
動揺を隠そうと、無表情になり、口をぐっと噤む私に
「では行くぞ!」
炎柱様はそう言って、ぐっと脚に力を込めた。
…だめだめ!集中っ!
それに倣い私も脚にぐっと力を込め、屋根に向け跳躍した炎柱様の後を追った。
中庭にいた鬼は、顔はそこそこ整った作りなのに、たくさんの触手のような腕を生やした気味の悪い、クラゲのような奇妙な外見をしていた。その鬼は、炎柱様と私の存在に気が付くや否や屋敷中に伸ばしていた触手を元に戻し、触手が戻った途端、その多さはかなり減ったものの、長さは驚くほどに長くなった。
その身体(身体と言っていいのかどうかもわからない気持ち悪さはあったが)の変化から、その長い触手のような腕をあの小屋まで伸ばし、なんらかの方法を使い人を攫っていたのだろうということが予想できた。