第5章 名前の知らない感情は
「…怖く…ないです」
むしろ今の炎柱様のこの行動は、安心感のようなものを感じるほどだった。
「それは良かった」
ニコリと微笑んだ炎柱様の優しい顔が、前回の任務の時と同じように、私の胸の奥をグラリと揺らす。
そんな気持ちを隠すように
「っ私は…子どもではないんですよ…そんな、屈んでもらわなくても…怖くはありません!」
素直じゃない言葉が私の口から吐いて出てくる。けれども、そんな私の捻くれた言葉など少しも気にする様子もなく
「わはは!それはすまない!」
そう言って、炎柱様は笑っていた。炎柱様はこのやり取りを楽しんでいるのか、声を抑えることを忘れてしまっているようだったが、うるさいだとか不快だとか、そんな負の感情は不思議と湧いてこなかった。
「街までは遠い。そろそろ行くとしよう」
そう言って表情をいつものきりりとしたものに変え、羽織を翻し方向を変えた炎柱様にならい、私も目的の街がある方角へと身体の向きを変えた。
「はい」
ダッと駆け出した炎柱様を、私は急ぎ追いかける。
ヒラヒラとなびく炎柱の証である羽織。ぴょこぴょこと揺れている、ちょこんと縛られた、男性にしては長めで特徴的な髪の毛。その後ろ姿に、やはり安心感に近いような、そんな感情を抱いてしまう。私は、その感情に大きな戸惑いを感じていた。
なんだろう…あの背中…ずっと見ていたいとすら思う。…というか…あの髪…自分で結ってるのかな…?
そんなことを考えていると、私の視線を感じ取られてしまったのか、炎柱様がチラリと私の方に振り返った。無言で、流し見るようなその視線に
ドクリッ
私の心臓が、今まで一度も感じたことのないような大きな音を立てた。
…っ何これ…本当に…やだ…。だめだめ!任務に集中!足なんて引っ張るようなことがあれば、天元さんに恥をかかせることになるんだから!
ギュッと拳を強く握り締め、揺らぐ心をグッと抑え込んだ。
私が問題なく着いて来ていることを確認した炎柱様は、再び前に向き直り、
「速度を上げる!速すぎるようであれば言うように!」
「…っはい!」
そう言って言葉の通り、走る速度を上げたのだった。