第1章 始まりの雷鳴
その問いに、私は口をきゅっと閉じる。
「態度はね、全然普通だったし、違和感もないよ?だからきっと獪岳自身は気が付いてないと思う。でもね、俺にはさ…聞こえちゃったん…だよね…」
「…そっか…」
獪岳の足音が近づいてくる音がするとき、部屋を出そうな音がするとき、私はその気配を探り、必要以上に同じ空間にいないようにそれとなく場所を移していた。
もちろん毎回それをやっていれば、避けていることに気づかれてしまう。だから獪岳が発する音を”聴いて”、機嫌や様子を伺い、大丈夫だと判断できた時はその場にとどまるようにしていた。
だからきっと、普通の感覚の持ち主であれば、私が獪岳をなるべく避けていたことなんて気が付かないはず。恐らくそれは、善逸の言う通り獪岳本人ですら気がついていないはずだ。
「獪岳が側にいるとき、姉ちゃんからは…怖がっているような音が…いつもしてた。そんな音を、心臓が立ててるんだ。…ごめんね!聞くつもりなんてなかったんだ!でも「大丈夫!」」
私はそう言って申し訳なさそうに謝る善逸の言葉を遮った。
「大丈夫。わかってるよ。…聞こえちゃったんだよね?」
私には善逸の気持ちがよくわかった。私は、聴こうと意識しないと聴こえないことの方が多いけれど、逆に聴こうとしていなくても、無意識に聴いてしまっていることもある。
「聞こえないほうが…聴かなかったほうが幸せなことって…あるよね。…わかるよ」
「…うん」
この気持ちを、誰かと共有できる日が来るなんて、思ってもみなかったけど。
「姉ちゃんってさ、もしかして俺と腹違いの姉弟かなんかなのかな?」
私は、真剣な顔でそんなことを言う善逸が面白くて、
「ふふっ…そんなわけないでしょ」
笑いをこらえることが出来なかった。
「腹違いの姉弟じゃないし…私と善逸の耳の良さって…ちょっと違うんだよね」
「なにそれ?どういうこと?」
そう言いながら善逸は小首を傾げている。
あまり他人には話したくないこの話も、善逸にならしても良いとそう思った。