第4章 雪解け始まる微かな気配
これはある種の正当防衛みたいなものよ。
女将さんとの約束に背き、上官に対して嘘をつく罪悪感が全くないわけではい。だから私は自分にそう言い聞かせ、自らを納得させた。
私の手を掴んでいた炎柱様の手が離れていき、ようやく解放された安堵感で私の口からは、はぁ…と大きな溜息が漏れ出る。
「任務を共に出来る日が待ち遠しいな!」
そんな事を言いながら腕を組んでいる炎柱様に
全然楽しみじゃないし、そんな日なんて来てほしくない。
私はそんなことを思っていた。
「綺麗にした着物がまた汚れてしまっては大変だ。街まで送ろう!」
炎柱様はそう言いながら、その長い腕をパッと開きながら私との距離を詰めてくる。
「…あの…何を…しているんです?」
理解が追い付かない炎柱様の不審な行動に、私が恐る恐るそう尋ねると
「俺が君を抱っこして行こう!」
炎柱様は満面の笑みを浮かべそう言った。
この人…やっぱり…おかしい…!私の話…なにひとつわかってない!
軽い眩暈を覚え、左手をおでこに添えた私に
「どうした?体調でも悪いのか?やはり呼吸を長時間休みなく使い続けた影響だろうか?」
炎柱様が、身を屈め、私の顔を覗き込みながら心配げに声をかけてくる。
"あなたの頓珍漢な言動のせいです"
と言えるはずもなく、
もういい。これ以上心をかき乱されるのは…まっぴら!
そう思った私は、着物が着崩れてしまうのも気にせずに、両手でその裾を持ち上げた。
「抱っこは結構です!私、この後、重要な約束がありますので、お先に失礼させていただきます!どうぞ炎柱様はゆっくりと、お一人で、お帰りください!それではさようなら!」
炎柱様に返事をする間も与えることなく(されたとしても無視を決め込むつもりでいるが)、
シィィィィィ
と雷の呼吸を使い、一瞬でその場から移動した。
万が一炎柱様が私を追いかけてくるようなことでもあれば、私の脚で炎柱様にかなうとは到底思えず、若干の心配はあった。けれども幸い、炎柱様が私を追いかけてくる事はなく、私は無事、獣道の入り口にたどり着くことができた。