第4章 雪解け始まる微かな気配
そんな私の様子に炎柱様は
「む?褒めているのに何故そんな顔をするんだ?」
と首を傾げている。
「私のこと…褒めて…下さったんですか?」
あまりにも意外なその言葉に、私が目を丸くしながら立ち止まってしまうと、
「うむ!任務中というのが勿体ないと思うほど、君にはその着物がよく似合っていて素敵だ!」
炎柱様は平然と言いのけた。それを言われた当の私はと言えば、ぎゅっと両の手を握りしめ、どう表現したらいいかわからない気持ちのやり場に困り果てていた。
すると今度は、立ち止まり、動かなくなってしまった私の方に炎柱様がスタスタと近づいてくる。
「だが帯が曲がってしまっている。直してあげるから向こうを向きなさい」
そう私の締めた帯を見ながら言った。
「…帯?」
思わずそう聞き返してしまう私に、
「帯だ!ほら、早くしなさい」
炎柱様は再び言った。その命令口調に
「…っはい!」
急いで炎柱様に背中を向けた。
「じっとしているんだぞ?」
私の全身に緊張やらなにやらよくわからない気持ちで、グッと力が入る。
炎柱様の手が、ゴソゴソと私の結んだ帯を解き、それを直しているのがわかった。けれども、
…近いし…手が触れてるし…やだ…なにこれ…っ!
この状況に、私の胸の奥はドキドキと大きな音を立てていた。近い距離、触れる手、ドキドキと大きな音を立てる胸。なによりも戸惑ったのは、この胸の”ドキドキ”が今まで感じたことのあるドキドキとどこか違うような気がしたからだ。
鬼との命を懸けたやり取りで、胸がドキドキすることは今までに何度もあった。けれども、今私が感じているドキドキは、明らかにその時感じていたものとは違う種類のものだ。
お願いだから…早く終わって!
そう心の中で助けを求めるようにつぶやいた時、
「うむ!終わったぞ」
背後からそう言う炎柱様の声が聞こえ、私はホッと胸を撫でおろした。三歩程前進し、炎柱様と十分な距離をとった後、
「お手数をおかけしました」
私はクルリと炎柱様の方に向き直り、帯を直してもらったことなど、さも何でもないことのようにそう言った。