第8章 心の休む場所
「お腹は空いてますか?」
「いえ。」
「最近、マスターにネルコーヒーの淹れ方を学んでるんです。凄く時間かかるし手間だし、一人一人に淹れてるとお店が回らないから、ポアロではサイフォン式なんですけど、裏メニューみたいなもので…。マスターがいる時に常連さんには出してるみたいです。一度飲ませてもらって、とっても美味しかったんです。だから、暇な時にこっそりマスターに教えて貰ってて。」
お湯を沸かして、カップを用意する。
安室さんはきっと、話したくても話せない状況なんだろう。
でも、きっとそれが疲れてしまっていて。
誰かのそばに居たいだけ。
ただ、それがちょうど私だったってだけ。
安室さんが話せないなら、どうでもいいことをわたしが話していればいい。
それで安室さんが休まるなら。
「この布でドリップしていくんです。マスターみたいには美味しいコーヒーは出せないかもしれないですけど、練習してきたので、安室さん飲んでくれません?私のお客さん、第一号。」
コーヒーをひいて、布にコーヒーを入れていると、後ろから安室さんの手が私の腰に回ってきた。
「めぐみさん…。」
耳元で私の名前を呼ぶ声はやっぱりいつもの安室さんとは違っていた。
いつものようにからかっている感じではなかった。
「あの、安室さん?」
すんごい緊張します。
本当は離して欲しい。
どうしたらいいのかわからない。
身長差的に、安室さんの腕が胸の下あたりに回っていて、私の動悸は絶対バレてる。
ぎゅっと回っている腕に力が入り、安室さんの頬が私の耳に密着してきて、なおさら身体が硬直してしまった。
ふわりと香る香水。いつもは飲食を扱うのでつけてないのだろうが、今日は違ったのかいつもと違う香りがする。
それと一緒にすこし匂う煙。
やっぱりミステリートレインに乗っていたようだ。爆発したって言っていたから。
危険なことばかり。
安室さん、心身ともに疲れ切っているんだろう。
その状況を思うと、弱り切ってる安室さんのこの腕を無理に振り払うことが出来なかった。