第136章 For better or for worse,
めぐみがこそこそと教習所に通っていることなんてもう何週間も前から気付いていたことだった。
家事やら買い物をすると誤魔化す理由が分からず、最初は怪しんだが、もしかしてバイクに僕を乗せたいのかもしれないと、気付かぬふりを続けている。
夜。
玄関を開ければいつもパタパタと足音を立てながら来るめぐみが今日は来ない。
気配はするから家にはいるはずなのだが。
映画でも見ているのかもしれないと、邪魔はしないよう静かにリビングのドアを開けるとこちらに背を向け机にかじりつくように何かを書いている。
机に広がるファイルや教科書からして、教習所の学科の勉強のようだった。
ーーあんなもの、一度集中して読めば覚えれるだろうに。
「【赤信号では必ず停車しなければならない。】…んー。例外はないでしょ。危ないし。丸だな!」
ーー…違う。
「はぁぁ!?パトカーとか救急車!?運転しないよ!一般車両の話してよっ。意地悪な問題っ!」
問題集にぶちぶちと文句を言うめぐみに、笑っていることがバレぬよう、必死で手を口に当てた。
「えーっと、【夜の道路は危険なので気をつけて運転しなければならない。】当たり前当たり前。まーる。」
ーー…違う。
「えぇーー!?答えバツ!?なんで、夜気をつけなきゃダメでしょ。【昼間も気をつけましょう】…………。引っかけ問題きらい!!」
肩が震える。
こんな調子でずっとやっているのだろうか。
今すぐ頑張るその背中を抱きしめてやりたい。
「もーこんな馬鹿なところ見られたくない…。9割正解じゃないと合格出来ないとか…無理だよ。」
ーー…勉強の姿を見られたくないのか。
消しゴムでゴシゴシ消して、ノートに間違えた問題を書き写す。
右手が真っ黒に汚れるくらいーー…。
僕は静かにリビングから出て、また玄関に戻ってきた。
再び玄関を開ける音を立て、少し大きな声で「ただいま」とリビングに向かって言うと、奥から慌てたような音がして、手を洗っためぐみが笑顔で玄関まで迎えてくれた。
「おかえりなさいっ!」
駆け寄っためぐみの右手に少し残る黒い跡を僕は優しく撫でた。
「ただいま。」
こんな小さなことでも愛おしく思えるのはきっとめぐみだから。