第39章 甘えさせ上手と言われたい ✳︎✳︎
「…」
「七瀬、話してくれ」
頬を包み込んだ両頬はそのままに、己の額を彼女の額にゆっくりとあてる。口付けをする時と同じ距離だ。
「はい…あの、口付けたり…色々な所に触れたり…触れて、もらったり…その…私、のなかに…はいっ…ごめんなさい。これ以上は…ちょっと…」
ここまで言ってくれただけでも充分か。
額を離すと両目をかたくつぶり、真っ赤に顔中を染めた七瀬がいる。
君のこの顔が俺はなかなか好きなのだ。
やはり七瀬が自分の事で困っている所を見るのは悪くない。
「つまりは君も出来る限り俺と体を触れ合わせたい。そうなのだな!」
「はい…そ、うで,す…恥ずかしいから、あまり…言わせないでくだ、さい」
「すまん、それはあまり聞いてやれないやもしれん」
「えぇ…」
がっくりと頭を俺の胸に預けながら、七瀬は脱力した。そんな仕草も愛おしいのだ。背中にゆっくりと両腕を回すと、掌に感じるのは彼女の傷痕だ。
ここには七瀬の鬼殺の大部分が詰まっているのだ、と思う。
俺と出会う前に負った傷。俺が知らない彼女の足跡だ。
撫でてやるとくすぐったいと感じたのか、小さく体を震わせながら俺の方を向いた。
「杏寿郎さんが触ってくれるので、ここの傷が少し好きになりました。大きいし、歪だから。触る度に落ち込んだりもしてましたが…今は少しずつ…平気になってます」
「そうか、ならば良かった」
俺が知らない傷ではあるが、今ここを見る事が出来るのは自分だけだ。それが何より嬉しい。
「あっ…そろそろ寝ましょうよ。三時回ってます…」
「む? もうそんな時間か」
なぜ君と過ごす時間はこんなに過ぎるのが早いのだろう。
「おやすみ」と寝る前の挨拶を交わした俺達は、今夜も体を密着させて眠りについた。
✳︎杏寿郎目線✳︎ 終わり