第39章 甘えさせ上手と言われたい ✳︎✳︎
「こう言った物はどうだ? いつも君を抱きしめようとする際、両手を横に広げるだろう。すると七瀬 はいつも笑顔で俺の下に来てくれる。あれを体験したい!」
「えっ、私そんな顔してるん、ですか」
「ああ、してるぞ!」
継子から恋人へと意識が変わった時の七瀬は、よく俺に甘えて来る。今夜はどう言うわけかそれを体験したいと思った。母を亡くして以来、甘えと言う言葉や行動とは無縁であった為、甘える事が出来ないし、わからないのだ。
「これで、良いですか?」
戸惑いながらも、静かにゆっくりと両手を広げる七瀬。彼女は恥ずかしそうにしているが、口元には笑みを浮かべている。
「うむ、では君にこうしてみよう」
今、自分はどんな顔を彼女に見せているのだろうか。
心臓の鼓動が普段よりやや速いが、心は期待の感情で溢れ出しそうだ。ゆっくりと七瀬の胸の中に頭を傾けると「えっ」と驚いた声を彼女は出したが、それは一瞬の事。
次の瞬間には「ふふ」と笑い、俺の頭に両手を回してくれた。
右手を彼女の背中に回すと、更に笑い声が上から聞こえて来る。
「嬉しいです、杏寿郎さんが甘えてくれてるみたい」
「これで甘えている事になるのだろうか」
「なっていると、私は思います。杏寿郎さんはいつもこんな風に感じているんですね」
七瀬が頭頂部に一度口付けをした後、顎をのせる。側頭部を撫でたり、頬に右手をあてたりと普段自分が彼女にやっている事を再現されているかのようだ。
「どんな事を君は感じている? 教えてほしい」
「んー、そうですねぇ。まずは嬉しい! これに尽きるんですが、他には……」
愛おしい、あたたかい、気持ちいい、安心する。
そんな言葉を聞かせてくれる彼女に、思わず笑ってしまう。何かおかしな事を言ったのかと、疑問に感じたのであろう。
「あの…私、何か杏寿郎さんが笑ってしまうような事を言いましたか?」