第3章 ルーチェスの日記①
そしてもう一つ。呪いが原因か不明だったのだが、頻繁に夢を見る様になった。霧がかかった中で、あちこちから獣の唸る様な声が聞こえるものだ。
月の三割は同じこの夢を見ていた私は、慢性の寝不足となってしまった。この状況も呪いが解けなければ、変わらないのだと思っていた。
そんな日々を過ごし、早くも五年が過ぎようとした時だった。ハッキリと鮮明に覚えている。何せ、夢の中に景色があったからだ。
見覚えのある分岐路の大木。我が国から馬で数時間先の場所。その大木の麓に黒髪の女性がいた。瞳は閉じられていて色は分からなかったが、あの書物にあった女神の代理人かもしれないと思ったのだ。
翌朝、居てもたってもいられなかった私は、愛馬に乗って単身で夢に見た場所に向かった。久しぶりに心が沸き立つ思いをしながら、私は懸命に馬を走らせた。
数時間後、あの大木に到着した。そして、夢で見たままの状況がそこにあった。大木に寄り掛かり、意識のない黒髪の女性。
それは、夢で見るより美しい黒髪の女性に一目で恋に落ちた瞬間だった。今まで私が抱くことのなかった感情に持て余し、しばしそのまま黒髪の女性を見ているしか出来なかった。
その後のことは・・・心が浮足経つ日々となった。女性の名は、カオリ=アオイ。私より二歳年下。通常の令嬢とは違い、良く笑い大らかな性格だった。
そして、私に啖呵を切るほどの豪胆でもあった。そんなカオリと関われば関わるほど私は深く心を寄せていった。幸いにも、カオリは私の恋人となってくれることになり、初めての幸福感を胸いっぱいに味わえている。
カオリのことを父である国王に報告し、正式に女神の代理人として私の恋人として傍に居ることが認められた。母上も泣いて喜んでくれた。
それでも、私の不安が無くなった訳ではなかった。あの令嬢の様に心変わりをする時が訪れるかもしれない。そんな風に思うのに、カオリと時間を共にする度に信じてみようという気にさせられる。
私の従者も曲者だが、カオリに一目おいている。そして、可能なら私から逃げ出せない様に物理的にも鎖に繋げばいいと言ってきた。勿論、却下したが。
私の為にも、過去に悲しい思いをしたカオリの為にも、私はカオリだけを愛し愛しんでいこうと決意した。