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訳アリ主と恋スル執事たち【あくねこ短編集】

第13章 漆月☩しづき☩の惑い【🗝 ⇆ 主 *】


「ん………。」

かすかな音をとらえた気がして、うすく瞼をひらく。

ぼんやりとしたまま半身を起こして、そして違和感に気づいた。



(下半身、ぬれてる……。)

それに、なんだか火照って………。

脚をすり合わせ、熱を静めようと試みる。



(お願い、静まって……。)
胸に手をあて、急く生者の証に命じた。



誰かに見つかりませんように、………誰かに見つかりませんように。

密やかな祈りは、叩扉の音にかき消された。



「主様、まだ起きていらっしゃいますか?」

声の主はナックだった。

返事ができずにいると、「主様?」と再度呼びかけられる。



「どうかなさったのですか?」
ノブに手をかける音がして、「入って来ないで!」と告げる。



「ご、ごめんなさい。でも……いまは駄目なの」

急く心音を整えようと、深く息を吸った。

自分の身体を抱きしめるように腕をかけ、必死に自分を抑え込む。



「主様、申し訳ございません」

ノブを回す音がして、慌ててシーツを引き寄せる。

みの虫のようにくるまっていると、突然ばさ、と奪われた。



「いやっ……みないで、」

せめてと顔を隠すけれど、その腕はいとも容易く封じられ。

羞恥で真っ赤になったおもてに、熱に霞んだ瞳。



「主様………。」

そのさまに胸が痺れた。ゆれる瞳をみつめて、されどつかんだ手は離さない。



「は、離して」

視線を解きながら呟く。心許なさげに身じろぐ、華奢な身体。



「ヴァリス様………。」

つかんだ手を引き寄せられ、気づけば彼の腕のなか。

胸を押しのけようとする掌を、優しくつかみ直した。



「その熱……俺に委ねてくれないか」

とん、と肩を押され、ぐるりと廻る視界。

微笑みに染まる瞳に、さらに紅くなった自分の顔がみえた。
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