第20章 月嗤歌 ED Side A - II【別邸組 *♟】
「全部、見せてくれよ」
柔らかな口調だった。
けれどその声音に宿っている、有無を言わせぬような意思がその身の力を解かせる。
おずおずと握りしめていたシーツを離すと、肌を覆っていったそれは瞬く間に奪われる。
ふたりぶんの熱い視線が、ゆっくりと身体の輪郭を辿っていく。
恥ずかしくてたまらないのに、両の指を囚われているために隠すことは叶わない。
ハナマルの掌が容易く一周する手首は、抗うにはあまりに非力だった。
やがて、仄かに指の力を抜け落とすと、その唇が優しい弧を描いた。
「ん、………いい子だな」
そう言って微笑うハナマルの瞳には、常には感じられない強い輝きが映し出している。
そのひかりは火傷しそうに熱く、瞳の奥には情欲の焔が燻るようで、
ヴァリスは魅入られたように彼の瞳をみつめ返した。
「なあに? 主様、もしかして、俺に惚れちゃった?」
いつものこちらの意図の鎖をすり抜ける笑みを浮かべて見せる。
その飄々とした笑みは、いつもの彼と何ら変わらぬ表情に見える。
だけどその双眸の奥に焦がれるような熱が見えることに気づいた。
「もう……! こんな時まで茶化さないで」
かぁっと朱の集った頬を隠すように視線を解くと、伸びてきた指が再度頤にかけられた。
そのまま顔の輪郭をたどるように指が伝い、そして頬を包まれる。
「俺だけを見てくれよ」
哀願にも似た響きを含んだその声音に、絲に操られたように身体の力が抜け落ちていく。
そんな彼女を腕のなかに閉じ込めながら、
ユーハンとの情事の痕跡の残る首元に、ハナマルの唇が降ってくる。
折れそうに儚い首筋に熱い唇が這わされ、時折肌を強く吸われ、
ヴァリスはあることに思い至る。
(上書き……しようとしているの?)
まるでユーハンの刻んだ所有印を、その上から
自分の熱で塗り替えるように唇を寄せられていることに気づき、
ヴァリスはその身を震わせた。