第17章 砂糖菓子の鳥籠 Ⅰ【君という名の鳥籠 予告中編 ♟】
「ティアズリリーの秘薬を譲っていただくために、
こちらから貴殿にして差し上げられることはありますか」
ナックの言葉にカレッセン公は顎に手をあてる。
「そうですね……此度の御来訪に伴い、
フィンレイ殿から鷹や数頭の馬もいただいたことですし………、」
彼はヴァリスの双眸をみつめ、薄い唇に美しい弧を描いた。
「正直に言えば、私がいま最も求めているものは気晴らしなのですよ。
この月の廃園のあるじとして過ごす日々は平穏で快適ですが、あまりに刺激に乏しく退屈だ。
最後の妻を亡くしてからは人々の鎮魂の祈りと弔いを行うこと以外は特に変化のない毎日でして、
酒と狩猟の他に日々の楽しみを見い出せていないのです」
ふる、ふる、とゴブレットのワインを波打たせ、すこしばかり瞳をゆらめかせている。
(……その眼には私にも覚えがあるの)
届かぬ愛。気づけなかった想いを追っている時の、儚い陽炎を映した瞳だ。
ふた親に愛されなかった自分を、
一度空虚で埋めつくされた幼かったあの日々を、再び埋めてくれたのは祖母とマリスだった。
「では、俺が剣舞でも披露しましょうか?」
そう唇をひらいたのはボスキだった。鋭利なひかりを放つ瞳が、挑戦的に煌めいている。
「道化のようにね。俺は腕に自信がありますよ」
「それはいいですね、ボスウェル殿。
なるほど、あなたたちに娯楽を提供していただくという手がありましたか」
カレッセンはその唇に楽しげな微笑をのせ、穏やかな瞳でこちらを見つめている。
ヴァリスはつられるように唇を綻ばせた。
「では……こちらはいかがでしょう?」
カレッセン公は微笑んだまま、ゴブレットを掲げて見せた。
「ワイン?」
えぇ、と彼は続けた。
「私とあなたたち御一行で、飲み比べといきませんか?
交互にワインをのみ、
私かあなたたち全員が「もうのめない」と宣言するまで続けるのです。
いかがでしょう、とてもシンプルでわかりやすい勝負ではありませんか?」
すみれ色の瞳は悪戯なひかりを宿し、唇は甘いたくらみを滲ませている。