第17章 砂糖菓子の鳥籠 Ⅰ【君という名の鳥籠 予告中編 ♟】
入ってきたのは家令のエーファンだった。
彼は頭を下げ、カレッセン公がようやく荘園の見回りから戻ったことを伝えた。
「長らくお待たせして、まことに申し訳ございませんでした。
あちらにお食事の用意もできております、どうぞ、皆様お越しください」
晩餐の席はカレッセン公の部屋に用意されていた。
さすがに豪華な一室である。
蝋燭の灯りに照らされた室内には、薔薇の香りが強く漂っていた。
床には蔓薔薇と鳥籠が綿密に描かれた絨毯が敷かれ、
壁には古代戦争の描かれた美しいタペストリーが飾られている。
部屋中に飾られているのは、露を置いた瑞々しい紅薔薇だ。
馬車の窓からはじめてこの古城をみた時と同じ———大小の花弁を連ねた蔓薔薇が、
美しくも鮮烈に咲き誇っている。
(とっても綺麗……。)
それにしても凄い数の薔薇だ、と
暖炉の上やテーブル上に置かれた薔薇の量にヴァリスは驚いた。
庭園の一角をそのまま切り取り移動させたかのような豪奢さである。
ワインを口にするでもなく、噎せ返るように濃厚な薔薇の香りだけで既に酔ってしまいそうだ。
(これは城壁に咲いていた蔓薔薇なのかな? 花びらがまるで血のように紅い)
薔薇によく映える真っ白なクロスをかけたテーブルには、銀食器が整然と並んでいる。
中央の上座にヴァリスがつき、残りの席にベリアンをはじめた他の者がつく。
彼女の隣、カレッセン公の席のみが空いたままになっている。
「旦那様は湯を使っている最中ですので、着替えを終え次第すぐにまいります。
皆様は先にお食事を始めていただきたい、とのことでございます」
エーファンがカレッセン公からの伝言を伝え、
それを合図に続き部屋から料理が運ばれてくる。
揃いの真っ黒なお仕着せを着た召使いたちはみな整った顔立ちをしていて、
驚くほどよく似ていた。
そして料理を運ぶのにも、ワインを注ぐのにもほとんど足音を立てず、
流れるように動き回る。
あまりに静かでなめらかな所作で、
ついにはそこに彼らがいることを意識しなくなるほどだった。