第17章 砂糖菓子の鳥籠 Ⅰ【君という名の鳥籠 予告中編 ♟】
表向きには「グロバナー家当主の血縁者」としてここを訪れ、
この古城にしか咲かないという花ティアズリリー(涙百合)の取引の交渉をと先方に伝えている。
ルカスの手を借りながら馬車から降り立つと、出迎えたのは初老の男。
服装からしても態度からしても、それなりの身分を有する人物だとわかった。
五十歳前後とみえる、落ちついた雰囲気の男だ。
簡素だが仕立てのよいマントを羽織り、なかなか上等なブーツを履いており、
頭は見事な白髪で、櫛目も綺麗に後ろへと撫でつけられている。
「失礼ながら、お尋ねいたします。アリエ・グロバナー様の御一行でしょうか」
「はい」
と、ルカスが答える。
「そちらは月の廃園の方でしょうか」
「はい、主人より皆様をお連れしますよう仰せつかりました———家令のエーファン・ロイドと申します。
恐れながらアリエ様にご挨拶を申し上げてもよろしいでしょうか」
「丁寧な挨拶ですこと。カレッセン公はよい家令をお持ちのようね」
鈴を転がすような声で微笑みかける。
控えめな———けれどその場の誰もを魅了するような微笑に、
エーファンの瞳がすこしばかり柔らかくなった。
「主人のカレッセン公が不在であること、どうかお許しくださいますよう、アリエ様。
主人は夕刻のご到着時刻にあわせて参上する予定でおりまして、
今は荘園の総督へ赴いているところです。
遣いを出しましたが、すぐにこちらへ向かうのは難しく、
城のほうで貴女様をお迎えする予定でございます」
「エーファンと言ったわね。
こちらの到着が半日以上も早まったのだから、予定が狂うのは当然ですわ。
突然の訪問を無理に頼んだのはこちらなのだし、気にしないで頂戴」
ヴァリスは微笑んだ。
快活で寛大な貴族家の子女、といった印象を与えるに充分な、魅力的な笑みである。