第16章 月嗤歌【All Characters(別邸組)✉*♟】
踵の高い靴を履き、メイド達の手によって華やかに彩られたヴァリス。
けれど彼女の周囲に傅くメイド達は皆不満そうな顔つきで、その視線は針のように鋭かった。
『なぜ私達が貴女なんかの世話を』。
そう言いたげに突き刺さるような視線が四方八方から注がれている。
「……………。」
紅をのせた唇をかむ。
深い青の瞳が霞のような惑いのヴェールを纏い、急く心臓を押さえた。
「……ありがとうございます」
曲がったリボンを整えてくれたメイドに微笑かけるとその瞳がゆらめく。
「『ございます』なんて言わないでください。
私達は、貴女の召使いなのですから」
その声音にはわずかな動揺が滲んでいて、
それにほのかに笑んでいると、彼女たちは少しだけ頬を赤らめた。
「な、なぜ笑うのですかっ」
そのうちの一人のメイドが呟く。
そのさまにも微笑んでしまっていると、再度ゆらいだ瞳。
「貴女は不思議なお方ですね」
かすかな呟きは彼女にはとらえることができなかったようで、微笑んだまま首を傾げる。
「………? なあに?」
さら……と肩に垂らされた後れ毛が艶やかに流れる。
「何でもありません」
ブローチを手にしたメイドが古リネンの布で磨く。
キラリと蝋燭の灯りを反射させながら胸元に留めると、漸く満足そうにその瞳を解いた。
「……ありがとう」
微笑みかけた直後、叩扉の音をとらえる。
「主様、御準備は宜しいでしょうか?」
声の主はユーハンだった。
メイドのひとりに目配せすると、静かに扉がひらく。
「……失礼いたします」
コツ……と長靴を踏みしめて、彼が室内へと足を踏み入れる。
その背後にはテディとハナマルもいて、紅をのせた唇をひらいた。
「あなた達も支度を終えたんだね」
赤と白。
その二色を基調としたグロバナー家の従者の制服を纏った三人は、普段より大人びて見えた。
柔らかく解けた紺碧色の瞳。
緩やかな弧を描いた唇は林檎のように瑞々しく、優しい笑みを浮かべている。