第8章 一人の見回り
緋色は走っていた。日が落ち、杏寿郎の担当地区の見回りをしていた。しかし先程から嫌な気配がする。
(どっちだろう。うまく気配が掴めない。)
辺りには霧が立ち込めている。視界が悪いせいもあるのか、その嫌な気配を掴みきれない。
(ダメだ。一度集中しよう。)
緋色は足を止めると、近くで一番高い木に登った。なるべく高い場所で、気配を探る。
(向こうだ。)
緋色から見て左手の方向から特に嫌な気配がする。鬼がいるのだろう。緋色は気配を探りながら、それでもなるべく速く走った。
(この辺りのはず。)
緋色は、木を背にし、刀を抜いた。
「おや、お嬢ちゃん。ずいぶん物騒な物、待ってるね。」
すぐ後ろから声がして、緋色は前方に飛んだ。着地して自分のいた方を見るが誰もいない。
「おやおや、誰かお探しかな?」
今度は右から声がした。刀を振るが、霧があるだけで、何もない。
そこで緋色は気づいた。
(しまった。鬼の罠だ。)
ただの霧じゃない。鬼の血気術だ。緋色は心の中で舌打ちした。
「雷の呼吸、弐ノ型、稲魂」
緋色は技を放った。明らかに霧が薄くなる。
(まだダメか。)
「雷の呼吸、陸ノ型、電轟雷轟」
霧が晴れた。
「おぉ、見事、見事。」
パチパチと拍手の音がする。鬼が立っていた。若いのか歳なのかわからない、男性の見た目の鬼だった。
「雷の呼吸、壱ノ型、霹靂一閃」
鬼に向かって切り掛かる。
「まぁまぁ、そう慌てなくても。」
緋色が鬼を切ると、霧のように消えてしまう。鬼は緋色から5m程離れた場所に立っている。切った手応えはなかった。
(高速移動?それとも幻影の類か。)
どっちにしろ、厄介な相手だ。