第9章 牽制
「嘘つく理由なんてないですよー。」
(テレビが点けっぱなしになってるから人の気配の有無なんて分からない。決定的な事がない限りこの人は手を出せないはず…。)
りんはそう思うと余所行きの笑顔を浮かべ続けた。
男「じゃあ何で呼ばないんですか。俺に帰って欲しいって思ってますよね?あの彼氏さん腕っ節強そうだったし、呼ばれたらすぐ帰りますけど。」
「そんな帰ってほしいだなんて失礼な事思ってないですよ。彼も私を信頼して任せてくれているんです。」
男「水瀬さんの事は信頼してても俺の事は信頼できないですよね。よくそんな男と二人切りにさせますね。」
「性善説を信じている人で博愛主義者なんです。」
二人のやり取りは平行線を辿っているように見えた。
しかし——、
男「じゃあ挨拶させて下さい。」
博愛主義者と言ってしまった以上、『そういうのは苦手で…』だなんて言ってあしらう事は不自然だ。
りんは言葉を詰まらせてしまった。
それは本当に一瞬だった。
だが、恋人の不在を確信した男はすぐにドアをグイッと開いて玄関内に踏み込んできた。
「出て下さい。警察呼びますよ。」
そう毅然とした声を出してももう遅い。
りんの嘘を暴いて笑う相手は男で、りんは非力な女だ。
りんは相手を睨みながらも後退った。