第31章 可愛い妻の誘拐
side.冥冥
名前の父が眠る大病院の最上階。
そこのカフェに来た。
向かいの席に座る名前は、
どのケーキを食べようか頭を悩ませている。
その姿が愛らしく、
思わずフフッと笑みが溢れてしまう。
「決まったかい?」
「あ、えっと…このシフォンケーキと紅茶のセットが…良いです…」
「いいよ。他には?」
「大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
頬を赤く染め、
上目遣いで私を見る名前。
随分と消極的だね。
君の実家や五条家なら、ここにある全てのケーキを買い占められるのに。
私がオーダーを終えると、
名前は嬉しそうに微笑んだ。
「フフッ。そんなにケーキが楽しみかい?」
「はい」
「素直で良いね」
その愛らしさが、あの五条くんを虜にしたのかな?
「名前」
「はい」
「いくら高専関係者でも、不用意に愛想を振りまいてはいけないよ?」
「えっ?」
「君は自分の立場と、人を疑う事を覚えなければならないね」
私の忠告の意図が分からず、
彼女は首を傾げた。
財閥の一人娘で、五条家当主の妻。
君のようなスペックは周りが放っておかないだろう。
極めつけがその可愛さだ。
だから私みたいな人間に、
攫われてしまったんだよ?