第1章 ここは和菓子屋
一週間ほどして、ここ風月庵。
「いらっしゃいませ。あ、あの時の。」
客の気配に振り向いた看板娘は、見たことのある目つきの鋭い男性客に声をかける。
「おはぎのお兄さん。今日はまだおはぎありますよ。」
おはぎのお兄さん、と声をかけられて、男性客の方が驚いてしまう。
「こら、あんこ。お客様に対してなんですか。」
ごめんなさいね、というのは、ここ風月庵の女将だ。
「、、、お前、あんこって言うのか?」
「あんこはあだ名です。ここは和菓子屋ですから。私は安(あん)って言います。風月庵のあんこちゃん、ってちょっと人気なんですよ。」
安は、可愛らしく笑った。男性客の顔がちょっと赤くなった気がする。
「あ、おはぎでしたよね?いくつ包みましょうか?」
男性客は並んでいるおはぎをざっと見て
「全部くれ。」
と言った。
「えぇ?!全部?」
いくら売れて数が少なくなってるとは言え、まだ30個程は残っている。
「あんこ、いい加減にしなさい。ごめんなさいね、お客さん。
おはぎを包むから、お茶でも飲んで待ってて下さいな。
あんこ、お客様にお茶を。」
「はーい。」
安は一度店の奥に引っ込むと、お盆に湯呑みを乗せて戻ってきた。そこにはなぜかおはぎが一つ、一緒に乗っている。
男性客は、店の壁に沿うように置かれた長椅子に腰掛けた。横にお盆が置かれる。
「おはぎが好きなお兄さんにおまけね。ほっぺが落ちるくらい美味しいんだから。」
あ、私のおやつだからお兄さんの買った分は減らないよ、なんて言って安が笑っている。