第8章 音柱の任務と蝶屋敷の女主人
「罠には、これを使う。」
天元は近くにいた隠が差し出した、赤い小袋を受け取ってチラつかせた。
それは輸血用の真空袋だった。察しのいい音羽は、すぐに理解したように頷いた。
「この人形に、その血を付けるんですね。」
「あぁ。でも、そんじょそこらの血じゃないぜ?」
そりゃそうだろう。普通の血を付けたって、稀に食いつくかもしれないが、誘き寄せるには不充分だ。
「稀血ですよね?」
呆れたように答えると、天元は音羽の顔の前に立てた人差し指を左右にチッチッと振りながら、得意げに微笑んだ。
「あぁ。だがこれもそんじょそこらの稀血じゃない、不死川の血だ。」
「おぉっ、不死川君の!?」
音羽が食いついたようにその輸血用の真空袋をジッと見つめた。
「それは、強力そうですね?」
「だろ?」
風柱、不死川実弥の稀血は特殊中の特殊だ。
ひと度その香りを嗅げば、どんな鬼もまるで酒でも飲ませたかのように酩酊させることが出来る。
音羽も風柱になる前から実弥とは、何度も同じ任務に出たことがあるので、その効能を間近で見てきている。
だが、誘き寄せるという点については、他の稀血とそんなに大差はないんじゃないか?と、そんな疑問が過るが、こんな事で問答を続けても意味がないと飲み込んだ。
「それとな、一ついい忘れてたが、遺体の死因は失血死じゃない。本当の死因は、水によって呼吸を阻害されたことによる窒息死、溺死だ。」
「溺死?じゃあ……、」
音羽の視線が通りの向こうに見える瓢箪池に向く。
「そうだ。この鬼はまず、獲物を水中に引き込んで溺死させてから、大人しくなった後に血を頂いてるんだ。」
「……ひどい。」
そう呟いてみるが、生きたままジワジワと血を抜かれたり、手足を引き千切られて啜られるより、優しいか?などと、感覚のズレた自分もいる。