第1章 最悪な出会い
子供と別れた後、錆兎は暫くの間山の中を静かに歩いていた。しかし沸々と苛立ちが込み上げてきて、立ち止まると来た道を振り返った。
「アイツ、マジで感じ悪かったな。」
冷静になって考えると、今更怒りがこみ上げてくる。また会うことがあったら、絶対に文句言ってやろう。そんな事を考える。
そんな時だった。
「ぎゃあぁぁぁ!や、やめてくれーーー!!」
錆兎がいる場所の少し先の方から、男児の叫び声が聞こえた。
錆兎は瞬時に刀を抜くと、その声のする方へと走り出した。木々の間を通り、雑草が生い茂る獣道を走り抜けていく。
すると突然、鼻に突き刺さるような異臭を感じて、錆兎は立ち止まった。
(…なんて臭いだ。先生だったら、鼻がねじ曲がってしまうんじゃないか?)
鼻の利く、師匠・鱗滝左近次を思い出して、思わず顔を顰める。臭いの感じからして、目的の場所は近い。錆兎は音を立てないように木の影に身を潜め、木々の間から先の様子を探った。
「っ!?」
その先に広がった光景に、思わず息を呑んだ。
そこにいたのは、今まで錆兎が見たこともないほど巨大で、異様な姿の鬼だった。
(異形の鬼っ!?)
ふてぶてしいほどに醜く、大きく膨らんだ肉の身体。そこから生える悍ましい数の腕。鬼はその中の数本を弱点である頸に固く巻き付け、後生大事に守っているようだった。
(……こんなに禍々しい気を放つ鬼は…初めてだ。)
鬼は先程叫び声を上げていたであろう男児の身体を二つの大きな手で掴んで締め上げ、その苦しむ様を見て、不快なほどにニヤけた笑みを浮かべていた。
錆兎の背中を、冷たい汗が流れ落ちる。
この鬼は、錆兎が今まで対峙して来た鬼の中で、間違いなく一番の強敵だ。
しかし怯んでなどいられない。錆兎は刀を強く握り直し、鬼の側面へと回り込むと勢いよく草藪の中から飛び出した。