第10章 素直への第一歩
「なかったことにって…お前……、」
「だってそうすればっ、貴方にこうして抱きしめて貰うことはなくなっても、同期の犬猿の仲には戻れるって、今まで通り、貴方に会えるって……そう思ったから……、」
俯く音羽を見て、錆兎は呆れたようにため息をついた。
「……俺って、そんなに信用ないか?」
「ううんっ、錆兎は悪くないの…、悪いのは…私。素直になれない、私だからっ……、」
そのまま黙り込んでしまった音羽の姿を見て、錆兎は「あーもうっ!」と、頭を掻きむしった。
「もう、そんなことは心配すんなっ!大体、お前が素直じゃないのは、今に始まったことじゃないだろ?
お前の性格なんてもうわかってる。お前が俺に対して素直じゃなくても、いくら冷たい態度を取っていても、今はもう、愛情の裏返しだって思ってる。それより、俺は……、」
錆兎は音羽を身体から離すと、その瞳を真っ直ぐに見つめた。
「黙って離れられるほうが、よっぽど辛い。」
その瞳からは、錆兎の悲痛な想いが感じ取れ、音羽は自分がどれだけ酷いをことをしたのかを思い知らされた。
「あ…私……、その…、」
「いいか、音羽。俺はお前の口から愛の言葉なんか聞けなくても、どんなに皮肉めいた言葉を掛けられたとしても、お前が俺の側から離れなければ、お前を信じる。
だからもう、離れたり避けたりするなっ。ずっと、俺の傍にいろ!」
そう強く言い切った錆兎の瞳は、嘘偽りなく真っすぐ澄んでいて、次の瞬間、音羽の瞳からは大量の涙が溢れ出ていた。
「…錆兎、ご…ごめん…なさい……、ひっ…く、うぅ…うぁーん…、」
幼い子どものように泣き崩れると、錆兎は何も言わずにその身体を抱き寄せて、その頭を優しく撫でた。