第10章 素直への第一歩
「音羽?」
ふと名前を呼ばれ、身体が強ばる。
音羽が恐る恐る振り返ると、錆兎が苦笑いを浮かべてこちらを見ていた。
「そんなに、あからさまに警戒するなよ。」
「別に警戒してるわけじゃ……、」
強がって答えると、錆兎の顔が少し挑発的な笑顔に変わる。
「そうか?なら、こっちこいよ。」
俺の隣りに来いと言わんばかりに、ポンポンと床を叩かれる。音羽は覚悟を決めると、静かに錆兎の隣に座った。
するとすぐに背中に回された手によって、身体を優しく引き寄せられ、音羽は錆兎の腕の中にすっぽりと収まった。
「嫌なら、言えよ?お前が嫌がるようなことはもうしない。でも、お前に触れるの久しぶりなんだ、これくらいは許してくれよな?」
背中に回された手のひらから、錆兎の優しさと温もりが伝わってくる。音羽は返事をするかわりに、静かに錆兎の脇から手を回して、ギュッとその身体にしがみついた。
そのまま、静かな時が二人を包む。
しかし音羽は、なんだか拍子抜けした気分だった。
(……これだけ?)
もっと責められると思った。錆兎の性格なら、もっとはっきりとした説明を求められると思ってたのに、それなのに……、
それなのに、どうして?
「………ねぇ、どうして、聞いてこないの?」
「ん?」
「私が、貴方を避けてた理由……、」
今日出会ってからずっと、傍に妙がいたとしても、常に一緒にいたわけじゃない。聞く機会はいくらでもあったはずなのに…。
「聞いてほしいのか?」
反対に質問で返され、音羽が顔を上げて錆兎の顔を見ると、その顔は優しく微笑んでいた。
「別に無理に聞かない。お前が話したい思ったら聞く。俺にとっては、お前が今俺の腕の中にいる。それが全てだ。」
その瞬間、音羽の胸がドクンっと音を立てて高鳴った。
(どうして?…どうしてこの人、こんなに優しいのよ。)
自分が同じことされたら、きっと怒るか、立ち直れないほど落ち込んでる。それなのにこの人は、なんて心が広くて、こんなにも暖かいんだろう。