第10章 素直への第一歩
「そうなんですけど、やっぱりアレだけバリバリ働いてたのに、今さら家庭に入るのは物足りなくて、ちょうどこのお屋敷の使用人枠が空いてたので、志願したんです。」
そうにこやかに話す妙に、錆兎が横から付け足す。
「妙さんはこの辺に住んでてな。任務が忙しくてたまにしか帰って来れない俺に合わせて、通いで使用人をしてくれてるんだ。」
「そうだったんですね!でも、また会えて嬉しいです、」
「私も久しぶりに会えて嬉しいですよ。今日は音羽さんの為に、腕に縒りを掛けて、お夕食を作ったのでたくさん食べていってくださいね。」
そう言われて居間に通されると、妙の言葉の通り、たくさんの料理が運ばれてきて、音羽は錆兎ともに、その料理に舌鼓を打った。
錆兎と二人になったら、何を話せばいいのかと、心に抱えていた不安は、妙が引っ切り無しに料理を運んでは喋っていくため、問題にはならなかった。
そうして、日が落ちてだいぶ経った頃、壁の柱時計が夜八時を告げる鐘を鳴らした。
「あら、もうこんな時間ですね。錆兎さん、私はそろそろ…、」
妙が壁時計に目を向け、錆兎を見る。
「はい。妙さん、今日はありがとうございました。」
「いえ、私も楽しかったです。では、音羽さん、また……、」
帰ろうと立ち上がる妙を、音羽が慌てて引き止める。
「え、帰っちゃうんですか?」
「音羽、さっきも言ったろ?妙さんは通いで来てるんだ。」
聞いてた。聞いてたけど、実際帰られるとなると、錆兎と二人きりになってしまう。それはかなり気不味い。
音羽が縋るような目つきで妙を見る。しかしそんな気持ちを知ってか知らずか、妙はにこやかに微笑むと、
「じゃあ、後は若いお二人で仲良く……、」
と見合いの席を設けた親戚のおばちゃんのような言葉を吐いて、さっさと部屋から出ていった。
後に残された音羽は、愕然として項垂れた。
きっと二人きりになれば、避けていた理由も聞かれるだろう。そしてその理由を聞いた時、錆兎はどう思うだろうか。
(ど、どうしよう、私……、)