第8章 音柱の任務と蝶屋敷の女主人
「さてと…、」
隊服から部屋着の着物に着替え、机の前に座ると、机の中から筆と紙を取り出した。筆を取り、先を墨で湿らすと、紙の上に滑らせる。
「んー、書き出しは…、拝啓…一条音羽殿。……錦繍の候、ますますの……、うん?お館様への手紙か?」
錆兎は、「ちがう。」っと呟くと、紙をくしゃくしゃと丸め、ひょいっと投げた。
「拝啓…、秋も深まり、庭の木々も日を追うごとに色付き…、うーん、回りくどいな、」
また丸めて、ひょいっと投げる。
「拝啓、お元気ですか?俺は元気です。……ってこれ、鬼にやられて負傷してたら、気不味くないか?」
なんだか、よくわからなくなってきた。
錆兎は一度は筆を置くと、腕を組み、うーんと唸って、考えてみた。渡した経験はないが、貰ったことなら腐るほどある。
内容を思い返してみると、どれも歯の浮くような言葉の羅列だった。書けないことはないが、そんなものを音羽に渡したら、鼻で笑われそうだ。
冗談だと思われたら、それこそ意味がない。
浮ついても駄目、硬っ苦しくても駄目。それでいて、錆兎の本気が伝わるような文………、
「あぁぁぁ〜、もうわからんっ!」
錆兎が頭を抱えたその時、部屋の外から「失礼します。」と声がした。錆兎が返事をすると襖が開いて、妙が顔を出した。
「夕食の準備が整いましたよ?」
「あ、妙さん、ありがとうございます!」
錆兎が慌てて振り返ると、妙の視線は部屋中に散乱された紙くずへと注がれていた。
「あの…これは?お手紙でも、掛かれていたんですか?」
「あ、………はい。」
開きかけた紙屑から、女の名前を読み取ると、妙はキラキラとした目線を錆兎に向けて、こう言った。
「もしかして…、女性の方にですか?」
「はい、そんなところです。」
錆兎が照れたように視線を下げると、妙は嬉しそうに手を胸の前で打った。