第8章 音柱の任務と蝶屋敷の女主人
「まぁ、素敵っ!…私も昔、亡くなった主人から、何度も手紙を頂きました。殿方から頂く手紙は、嬉しいものですよ?」
そう言って妙は、懐かしいような寂しいような顔を浮かばせた。
妙も十数年前に鬼によって、ご主人と幼い息子を失っている。きっと、その姿を思い浮かべたのだろう。
「嬉しいもの…ですか?……でも、何を書いたらいいのか、わからなくなってしまったんです。」
錆兎が苦笑いを浮かべると、妙は優しげに微笑んだ。
「錆兎さん、内容じゃありませんよ。恋文は気持ちが大事なんです。錆兎さんの本当の気持ちを、素直にお伝えすれば、相手にはきっと届きます。」
「俺の本当の…、」
そう言われて、錆兎は憑物が落ちた気分だった。
「妙さんっ!!あの…、すぐ終わるんで、夕食は少しの間、待っててもらっていいですか?」
「はい、かしこまりました。」
そう言って妙が去ると、錆兎は机に向き、筆を執った。そのまま、さっと手紙を書いて、細く折り畳むと、窓の縁にいた鎹鴉の誉(ほまれ)の脚に、手紙を括り付ける。
「誉、音羽に届けてくれ。頼むぞ?」
誉は返事の代わりに一声鳴くと、夜の暗い空へと向かって飛び立った。錆兎はそれを確認すると、満足したように頷いてから、居間へと向かった。
ー 音柱の任務と蝶屋敷の女主人 完