第8章 音柱の任務と蝶屋敷の女主人
「嫌だぁー、そんなのぉっ!!」
突然、頭を抱えて叫びだした錆兎に、カナエは驚いて、身体をビクつかせた。
(いや、ないっ!ないないないないないっ、なーいっ!!)
音羽に限ってそんなことは絶対にないっ!もう少しで、カナエの術中にハマるところだった。
でも、そんなこと言っても、音羽の性格を把握しきれてるわけじゃないから、こんな状態なわけで、そんな状況になる展開も捨てきれないわけで………、
「俺だってまだ、抱いて…なんて、言われたことないのにっ!」
座っていた診療台の枕に、頭を抱えて突っ伏すと、その背中をカナエがポンポンと優しく叩いた。
「何を想像したのかはわからないけど、錆兎くん、落ち着いて?」
(何なんだよ…これ……、)
胸の奥が、ズキズキと締め付けられるように痛んで仕方がない。
(なんでアイツは、俺を悩ますことばっかり…、)
最初の出会いは、本当に最悪だった。その後だって、自分にばかり噛み付いてきて、女のくせに生意気で、顔を合わせれば顰めっ面ばっかで、ちっとも可愛くなかった。
それなのに、いつの間にか心の中に勝手に入り込んできて、どんどん大きくなって、頭の中一杯になって、
もうこんなの…自分じゃどうしようもできない……それくらいに……、
(俺……、こんなにも…アイツのこと……、)
錆兎はズキズキと痛む胸に煩わしさを感じて、片手で強く押さえつけた。
(大体、アイツだって、好きだって言ったんだ。それなのに、勝手に目の前から消えて、俺を避けて、完全に意味がわからんっ!)
自分はなんて面倒くさい女にハマってしまったのだろうか?
腹立たしい気持ちは勿論ある。でもそんなの、今はどうでもいい。
そんなのよりも何よりも、今はただ……、
……音羽、お前に…会いたい。
錆兎は起き上がると、カナエの目を真っ直ぐに見つめた。
「アイツ、今何処にいるんだ?」
そんな熱い眼差し送る錆兎の姿を見て、段々と面白…、可哀想になってきたカナエは、仕方ないわね?と小さく微笑んだ。