第8章 音柱の任務と蝶屋敷の女主人
そんなことを考えながら、錆兎が廊下を歩いていると、反対の方向から、湯呑の置かれたお盆を手に持った女子が歩いてくるのが、目に入った。
「おい、しのぶー?」
錆兎が声をかけて手をふると、錆兎に気づいた、胡蝶カナエの妹のしのぶが、錆兎の方へ足早に近づいてきた。
「錆兎さん、こんにちは。」
おっとりとした口調のカナエに比べ、しのぶはハキハキとした快活な女の子だ。
「今日も元気そうだな?カナエはいるか?」
「姉さんだったら、診察室にいますよ。」
しのぶがそう言って、今来た道を振り返った。
「そうか、ありがとう。……どうだ?最近は毒の研究は進んでるのか?」
「はい!この間、すごいのを開発しちゃって…下弦の鬼くらいなら、倒せるんじゃないかな?」
「それは、すごいな。」
錆兎は関心したように、息を漏らした。胡蝶家の頭脳は、妹のしのぶにもしっかりと引き継がれているようだ。
このカナエの妹のしのぶは、身体が小さく、力がないため、鬼の頸を斬る腕力がない。だがそのかわりに、鬼にも有効な毒を研究、開発している。
そうして開発した、鬼の超回復力を上回るほどの強力な毒を、しのぶはその鬼に合った独自の配合を瞬時に見出し、その場で調合して、鬼を退治する。
それをあの戦いの最中にやってのけるのだから、本当にすごい。
近いうち、姉妹で柱を名乗る日も近いんじゃないだろうか?
そう思い、しのぶを見ると、しのぶは小さい身体をぴょんぴょんと動かし、錆兎の周りを確認していた。
「あの……ところで、錆兎さん。今日は…その……、冨岡さんは?」
「義勇?」
「はい、ご一緒の任務だと伺っていたんですけど…。」
そう言って、遠慮がちに上目遣いで錆兎に尋ねるしのぶの頬は微かに上気していた。
「あぁ、確かに一緒だったが…、アイツは違う任務が入ったから、途中で別れた。」
「あ、……そうですか。」
少しだけ、落胆したよう顔を俯かせるしのぶに錆兎が問いかけた。
「アイツに、何か用だったのか?」
「いや…得に用事はないんですけど……。じゃっ!私、仕事に戻りますねっ!」
そう言って、慌てて会釈して、去っていくしのぶの後ろ姿を、錆兎は驚いた顔で、食い入るように見つめた。
まさか、この反応は…?
「義勇、…もしかして、そういうことか?」