第32章 私と恋愛する気ありますか?(謙信様)
髷を切られたように頭髪はバラバラで一部は血で濡れている。頬の皮膚も裂けているのか赤黒く、血液らしきものがテラテラと光っていた。
鎧は来ていないが落ち武者のような姿で、男は口をパクパクと動かしている。
何を言っているのか気にかかり、舞は男の口の動きに目を凝らした。
『さむい…さむい……』
「ひっ」
暖を取りたいとでもいうように土がついた手が伸びてきて…舞の恐怖がついに爆発した。
「っ、きゃー――――――――――――!!」
謙信に抱きついた拍子に盃や小皿がガチャンッ!とひっくり返り、謙信が持っていた盃からも派手に酒がこぼれた。
謙信「っ!何をしてるんだ。酒がこぼれただろう」
「おおおおお酒なんてどうでもいいですっ!!
いいから、早く逃げましょうっ!!」
謙信「しかし…」
「しかしもかかしもヘチマもないですっ!」
舞は男が迫りくる恐怖と、こんなに怖がっても動く様子のない謙信に苛立ってもいた。
「一生のお願いです、謙信様。この場から私を連れて逃げてくれたら何でもいうことを聞きますからっ!!
あぁ、もう、早くして、お願いっ」
舞は謙信の背後に男が迫っているのを見て、絶望を露わに目を見開いている。
必死に懇願した舞の腰に力強い手が回りこんだ。
謙信「………二言はないな?」
「ないないないっ、あるわけない!絶対約束を守ります!
いーから早く、もうそこにっ…!!」
謙信「わかった」
謙信は無造作に舞を小脇に抱えると『男を避けて』さっさと歩き出した。
背後から『あ……』と聞こえた声に舞は聞き覚えがあり、えっ?と思った時にはその場を離れていた。
やっと我に返ったのは謙信に湯殿の前で下ろされた時だった。