第32章 私と恋愛する気ありますか?(謙信様)
「っ…!」
虚ろな目をした見回り番は青白い顔で歩いており、健康的な人間がスタスタ歩くのとは違いスルスルと滑るように進んでいく。
「あそこの見回り番の人、ちょっと歩き方が変じゃないですか?」
足はあるが奇妙な進み方に舞は不安を覚えた。
謙信は面倒そうに見回り番がどうしたと振り返った。が、すぐに舞の方に顔を戻した。
謙信「誰も居ないではないか」
「え?居ますよ!ほら、あそこっ!」
もう一度謙信は振り返り『人の気配自体しないが?』と白い目で見てくる。
「あの男の人が見えないんですか?」
謙信「何度も言わせるな。誰も居ない」
舞は寒気を感じて自分の身体を抱きしめた。が、その時、見回り番がこちらを向いた。
「っ」
提灯の光は燐火(りんか)のように青白く、血濡れた顔がぼおっと浮かび上がっている。
そして目が合うと気味の悪い笑みを浮かべてゆっくりとこちらに向かって歩いてきた。
「謙信様っ……あの人……こっちに来る!」
謙信「さっきから何を言ってるんだ」
逃げようと舞が腰を上げたのを謙信は唖然とした表情で見ている。
「だから変な男がこっちに向かってきてるんですっ!」
理解してくれないもどかしさに焦れて、舞は声を荒げた。
男は確実に距離を詰めて、そこまで来ているのに謙信はまったくの無反応だった。
舞の怯えように何度も振り返ってはくれるのだが、二色の双眸には何も映っていないようだ。
舞は1人で逃げようかと思ったが、見えていないからといってこの得体のしれない男が謙信に何もしない保証はない。
見えない相手にいきなり危害を加えられたら、謙信とて軽い怪我では済まされない。そう思うと舞はこの場を離れられなくなってしまった。
「やっ………。すぐそこに居るじゃないですか、なんで見えないの」
謙信「悪酔いしたようだな。そろそろ切り上げるか」
「ちがっ、酔ってなんかいません!」
そうしている間に見回り番…いや、幽鬼といってもいい男は舞から3メートルもないところまでやってきていた。