第32章 私と恋愛する気ありますか?(謙信様)
謙信「川の水は冬は冷たく夏は温くなる。
この酒を冷やしたのは通常よりも深く掘った井戸だ。季節や気温の影響はあまり受けない」
「井戸水って便利なんですね。知らなかったなぁ」
祖父母の時代は井戸を使っていたと聞いているが舞は水道水しか知らない。
謙信「500年後で井戸水は使わないのか?」
「井戸から直接水を汲んだことはありませんね。
私が住んでいた地域は川の水を綺麗にして使用していましたが地域によって湧水を使うところもあります」
謙信「500年後の生活は想像もつかんな。
ところでその胡瓜は精霊馬(しょうろううま)だろう。いささか気が早いのではないか?」
「あ、これですか?おつまみでキュウリを持ってきたんですけど、もうすぐお盆だなと思ったら急に作りたくなっちゃって」
瑞々しい色の胡瓜に、馬の脚として箸ではなく楊枝(ようじ)が4本刺さっている。
おつまみで持ってきた言葉通り、同じ皿に味噌がのっていた。
謙信「まさかと思うが精霊馬を食すなよ」
「さすがに私もそんなことしません、後で土に埋めますよ」
舞は皿から精霊馬を持ち上げ、手の平で出来を確かめて満足そうにしている。
「小さい頃は死んだおじいちゃんとおばあちゃんがこれを作ってたんですよね~。
盆提灯を組み立てたり、迎え火の木を買いにいって、ついでに花火を買ってもらったり…懐かしいなぁ…」
謙信「舞の祖父母は盆前に迎えが来て、慌てて準備をしている頃ではないか?」
「『もう迎えが来たのか!』って?
フフ、そうかもしれませんね。悪いことしちゃったな。
あ、でも私のおじいちゃんは気が早い人だからもう準備できてたかも?」
謙信はフッと笑いをこぼして酒を飲んでいる。
暑さも忘れるような涼やかな美貌に舞は肩をすくめただけだった。
時折言葉を交わし、やっぱり暑いからと寝間着を脱いだ舞を謙信がたしなめ、そうこうしている間に今宵3度目の見回りがやってきた。
最初は3人だった見回りも、次に来た時は2人、今は1人に減っていた。
前回の見回りからまだ半刻経っていない気がして、舞はおかしいなと何気なく見回り番に目を向けた。