第32章 私と恋愛する気ありますか?(謙信様)
「とりあえずこれで良いでしょうか?」
謙信「袖」
「…はい」
簡潔な指摘で舞が袖を元に戻すと謙信は酒甕をコンコンと2度たたいた。
するとその音を待っていたかのように3人組の男が姿を現し、申し訳なさそうに会釈をして去っていった。
夜中の見回りにしては人数が多いが、それだけ舞の身辺に気をつけているのだろう。
見回り番の提灯の明かりが廊下の向こうに遠ざかるのを待って舞は頭を抱えて『うわぁ…』と恥じ入っている。
羞恥に悶える舞を横目に、謙信は酒甕の封を開けた。
謙信「今後気をつけることだな。
いくらその格好が普通だと言い張っても、普通と見做す人間は居ない」
「わかりました……なんだかどっと疲れました。
明日も暑くなりそうなのにどうしようかな」
昼が暑くとも我慢できたのは夜の息抜き時間があったからだ。そこを駄目と言われてしまうと舞の気力が急激に萎えていった。
謙信「明日のことは明日考えれば良い。
冷えた酒でも飲め」
「冷えたお酒?」
死んだ目をしていた舞が酒甕を見て目を輝かせた。中に入っているものの冷たさを証明するように酒甕は結露していたからだ。
謙信「井戸水で甕ごと冷やした酒だ」
「謙信様が飲むために用意したんじゃないんですか?
私が飲んだら謙信様の分が少なくなっちゃいません?」
謙信「舞に分けたところでそれほど飲まないだろう。
お前は酒に弱いからな」
謙信は懐から玻璃の盃を2つ取り出すと柄杓(ひしゃく)で酒を汲んだ。
わざと凹凸をつけられた玻璃の盃にチョロロ…と酒が注がれる様は目と耳を涼しくさせてくれる。
謙信「暑いんだろう?早く飲め」
白く曇った杯を1つ寄越しながら、謙信は既に盃を傾けている。
乾杯しそこねた舞は急いで謙信を追って酒を口に含んだ。
「いただきます!ん~~~♪
井戸水でこんなにしっかり冷えるものなんですね。川の水で冷やした瓜はここまで冷たくなかったんですよ」
評価としては『糖度の低い、ぬるくないメロン』で、色々ガッカリしたのは数日前だ。
『ぬるくない』というだけでもありがたがる周囲に舞は周囲との差を感じて気分を下げたのだ。