第31章 耳掃除をしよう(春日山勢)
兼続さんが反物を広げると向こう側が透けるくらい薄くて、シャリ感がありそうな生地に唾を飲みこんだ。
持っている知識と実物が一致して、途端に目の前の反物が怖くなった。
「いえ、耳掃除ごときにこんな高級品をいただけませんっ!!
私にくれるくらいなら城下の呉服屋さんに寄贈して越後文化の発展に使ってください」
兼続「お前が恐れおののくほど高級品じゃないが…。
耳掃除だけではなく往復の手間賃も含まれている」
朝廷に献上した品が高級品じゃないわけがない。おそらく目ん玉が飛び出るくらい高価なはず。
それともこれをやるから永年耳掃除係に任命するとかだろうか。たとえそうだとしても大げさな品だからここは遠慮させてもらおう。
「いえ、耳掃除と往復を考えてもこの品は十分すぎです。
せっかく持ってきていただきましたが受け取れません」
しばらく押し問答が続き、やがて兼続さんが折れた。そうして家臣の人に何か持ってこさせて、私の前に差し出した。
兼続「これならどうだ。等級を下げた越後上布だ」
広げて見せられた布は色むらや織りむらがあるもので、さっきのが最上級品だとしたら、これは2級品といったところだろう。
何か受け取るまではひいてくれそうもないし、この2級品の反物をいただくことにした。
「では等級を下げたこちらを1反いただきます」
兼続「1反と言わず、ここにあるもの全部持っていけ」
「何言ってるんですか、3反もいただけないですっ!
1反でも心苦しいのに」
謙信様、幸村、信玄様、義元さん、佐助君の5人の耳掃除をした後は、丸2日遊んでいたんだから報酬なんてゼロでいい。
兼続「これらの反物をまとめても最上級品1反に満たない価値だ。
いいから受け取れ。お前に等級の低い反物1反だけを贈ったと報告すれば、謙信様がお怒りになるだろう」
「う……兼続さんが叱られるってことですか?」
兼続「そうなるな。どうしてもお前が1反でいいならそうすればいい」
(くっ、じわじわと道を狭めてくるな)
私の性格を知っていて、こんな風に言ってくるんだから憎たらしい。