第31章 耳掃除をしよう(春日山勢)
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歓迎の宴はとても楽しくて、その後も2日ばかりお世話になって帰ることになった。
「朝ご飯を食べたら出立かぁ。
佐助君のからくり部屋もスリル満点で面白かったし、幸村の村正も犬かと思ったらオオカミでびっくりしたけどめっちゃくちゃ可愛かったし、あ~~楽しかったぁ」
刺激的な時間を過ごして心残りはない。
「心残り…あると言えばあるけどないって事にしよう」
しばらく使わない耳かき棒を風呂敷に入れた時だった。
兼続「舞、少しいいか」
「兼続さん?いいですよ」
兼続「邪魔をする」
早朝にも関わらず兼続さんは一糸乱れぬ姿で現れ、右手に風呂敷包みを大切そうに抱えていた。
凛とした雰囲気が漂い、空気がピンと緊張した。
(やっぱり隙のない人だな…)
心残りがあるとすれば兼続さんとの間に微妙な距離が残ったままだということ。
(この隙のなさが私を寄せ付けてくれないんだよなぁ…)
爪先まで整った指が風呂敷の結び目を解き、そこから現れたのは涼し気なブルーグレーの布だった。
「これは?」
兼続「越後に来る報酬として、これを佐助に頼んだんじゃなかったのか」
「え?あ……」
佐助『兼続さんが冬の副業として領民に作らせている貴重な布があったはずだ。
それで手を打たない?俺から謙信様と兼続さんに交渉する』
(すっかり忘れてたっ!)
兼続「その顔、『すっかり忘れてた』というところか」
「佐助君が提案してくれたものなので、すっかり…。
布の名前を聞いてもいいですか?」
薄い紫に誇らしげな色がわずかに混じった。
兼続「これは越後上布といって薄い麻の織物だ。
肌ざわりが爽やかだからこれからの季節にいいだろう」
「え、えちごじょうふっっ………!?」
忘れていた布の名前はかの有名な越後上布だった。