第31章 耳掃除をしよう(春日山勢)
「一応耳掃除をするという名目で春日山にきたのですが、義元さんはどうしますか?
興味がなければやりませんので言ってください」
義元「越後城下で耳掃除の噂を耳にしたよ。あの信長が禁止したんだってね。
せっかくだからやってもらおうかな。このまま座っていればいいの?」
信長、と呼び捨てにされてここが敵陣だと思い知る。
春日山に来てから誰一人として悪人がいないから余計胸が塞いだ。
(信長様……今頃どうしてるかな…)
『#NAME#の好きにさせておけ』って金平糖を食べながらお仕事をしているんだろうか。
耳が弱いという秘密は私だけが知っていて、そんな私が謙信様のお城に居ると知ったら……信長様はどう思うだろうか…。
「私の膝に頭を乗せてくださると一番やりやすいのですが…」
上品な玻璃の目がわずかに見開かれて、こんな王子様みたいな人になんてことを言ったのかと後悔した。
「あっ、畳に寝転んで頂いてもかまいませんから…っ!
変なことを言ってすみません」
義元「君がやりやすいのなら喜んで。
そうか、耳掃除に君の膝枕がつくから皆大騒ぎしていたんだね」
義元さんがスッと立ちあがって、この辺かな?と私の近くに位置取った。
思っていたよりも背が高く、もしかしたら謙信様や佐助君よりも大きいかもしれない。
そこでやっと美しすぎて現実味のない人が生身の人間だと感じた。
薄い色味の着物の裾に繊細な柄が凄くお洒落だ。
しかも『君の着物は綺麗だね』と手ぬぐいを膝にかけてくれるスマートさときたら、本当にこの人は血なまぐさい乱世に生きる人なのだろうかと疑いたくなった。
「では耳掃除しますね。痛かったら言ってください」
義元「その棒、ちょっとだけ見せてもらってもいい?」
白魚のような手がスッと伸びてきて、私の手から耳かき棒を抜き取った。
思わず目で追いかけてしまうほど優雅な手つきだ。