第31章 耳掃除をしよう(春日山勢)
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義元「ふうん。それは大変だったね」
「そ、そうなんですよ、足が速いだけでも嫌なのに、いきなり飛んできたからもう怖くて怖くて。
本当に信玄様には感謝です。今夜の宴ではいっぱいお酌をしようと思います」
義元「ふふ、それは信玄が喜ぶね」
「私なんかのお酌でよければいくらでもします。
本当に生きた心地がしませんでした…」
私は大げさに息を吐き、義元さんは口元に優雅な笑み浮かべている。
最初の客間より数ランクアップした部屋に案内されて、信玄様の耳掃除が終わった頃、ちょうど義元さんが訪ねてきた。
信玄様は家臣の人が呼びに来たので行ってしまったけれど、私のことを義元さんにしっかりと頼んでくれた。
義元さんのおっとりとした雰囲気と、アイツに出くわして大興奮だったのもあり、初対面に近かったのにすっかり打ち解けて話をしていた。
とても聞き上手な人だ。
こう言っては失礼かもしれないけれど、義元さんは今まで会った武将の中で一番武将っぽくない人だった。
身に着けているものはなにげなく雅(みやび)で、陶器のような肌と手入れの行き届いた髪の毛、そしてどこまでも優雅。
笑い方から視線の動かし方といった些細なことまで気品があって武将というよりも貴族みたいだ。
まあ貴族なんて位の高い人達には会ったことがないから、あくまで私のイメージする貴族だけど。
それに招かれた商人や宣教師ならまだしも、こういうお城に出入りしている男性というのはほぼ100%帯刀しているのに義元さんは護身用の短刀さえ身に着けていない。
(義元さんて教科書に出てくる、あの今川義元だよね?
名のある武将なのに襲われたらどうするんだろう…)
もしまたアイツが出没したら、武器を持たないこの優雅な人を守るのは私の役目じゃないだろうか。
絶対立ち向かえないから、ここは出没しないことを祈るしかない。