第31章 耳掃除をしよう(春日山勢)
「右耳終わりましたよ。左耳を掃除するので体勢を変えてくださいね」
終わった合図で何とはなしに頭を撫でてしまい、ピクリと揺れた肩を見て『しまった』と固まった。
(女嫌いだって言ってんじゃん!
私のバカバカバカ!!!)
耳掃除の際に耳たぶに触れていたけど、それは必要に迫られてだ。
(今の頭を撫でる行為はまずい)
最悪手打ちにされると半ば覚悟して、それでも謝るものは謝らなくてはと声を振り絞った。
「すみません…」
謙信「何に対して謝っている?」
謙信様は怒る様子もなく怪訝な顔をして体勢を変えている。
袖を巻き込んでしまったようで、それを直そうとモゾモゾと体を動かしている。
(あれ、怒ってないみたい…?)
拍子抜けしている間に、一時的に空いていた膝の上に再び謙信様の頭が乗った。
なんともない様子に、へたれこんでいた気持ちを立て直し、耳かきをしっかり持った。
(よくわかんないけど首の皮が繋がった…)
崖っぷちに立って、小石がパラパラと下界に落ちていくのを見ている心境だ。
佐助君の名前を頭の中で100回くらい呼んで、表面だけは取り繕って微笑んだ。
「……いえ、なんでもありません。
痛くはありませんでしたか?」
謙信「心配無用だ」
謙信様は寝姿勢を定め、静かに瞼を下ろした。
鋭い雰囲気は鳴りを潜めて、端正な顔には穏やかさが広がっている。
(本当に怒っていないみたい。さっきの怖い謙信様と別人だな…)
フフと小さく笑うと謙信様の瞼が持ち上がり、目が合った。
左右色違いの目を目の当たりにして、つい片方ずつの目の色を確かめるように覗いてしまった。
(どっちも、すっごい綺麗な色……)
さっきまでの仄暗さはなく、ひたすら透き通った色に私が映りこんでいた。
見とれていると謙信様は目尻を柔らかく下げて微笑んだ。