第31章 耳掃除をしよう(春日山勢)
「お久しぶりです、信玄様。お元気そうで何よりです。
この間ご一緒したお茶屋さんで新茶を使った和菓子が出たんですよ。
機会があれば是非食べに来てくださいね」
こんなに急じゃなければ手土産に買ってきたのにと肩を落とした。
今度お茶をしましょうと遠回しに誘うと、信玄様は甘やかに微笑んで謙信様の前に出てきた。
信玄「君から誘ってくれるなんて光栄な話だ。
なんなら君が安土に帰る時に同行しようかな」
私はとんでもないとかぶりをふった。
「新茶の季節はまだ終わりませんし、急に決めたら幸村が怒りますよ?」
信玄「幸には黙って行けば問題ない。茶屋の主人がいつまで新茶の菓子を作るかわからないからな。聞いたからには食べたくなった。
それに行きと帰りで共の者が違えば旅の趣も変わるものさ。どうせ佐助は何も見せずに君を連れてきたんだろう?帰りは楽しい旅にしてやる」
軽くあしらわれて小娘の私なんて勝負にもならない。深い笑みをたたえるこの人に、何を言ってもかなう気がしなかった。
「……いけないお人ですね」
信玄「ははっ、君にそう言われると参るな」
「もう…」
どうも謙信様と信玄様は部下を困らせるお人のようだ。
信玄様は部屋の隅っこで小さくなっていた女中さんを下がらせ、謙信様を座らせた。
信玄「せっかく天女が来てくれたんだ。いつまでも拗ねてないで機嫌を治せよ、謙信」
拗ねてるなんて言ったら余計怒るんじゃ?と見ると、案の定だ。
佐助君が贈ってくれた着物が余程許せないのか剣を含んだ視線がチクチク、ブスブスと刺さる。
(いい加減、機嫌治してよ~!)
ここには謙信様の気を逸らすお酒や梅干しはないし、剣の手練れでもないから相手も出来ない。
丸腰の自分に何かできなることはないかと考えて、はっと胸元に手を当てた。
(そうだ…。これのために来たんじゃない!)
胸にしまい込んでいた最強の武器を取り出し、謙信様に笑いかけた。
「春日山の皆さんが耳掃除に興味があるとお聞きして来たんです。
まず初めに謙信様からいかがですか?」