第31章 耳掃除をしよう(春日山勢)
信玄「姫は休憩中だと佐助が言っていただろう。
物騒な顔して出て行ったと思ったら、早速姫を困らせているのか?」
謙信「舞には違う部屋を用意していた。
佐助め、別の部屋に通したばかりか着物を贈るなど…」
ギロリと冷たい視線を注がれて、着物も私も凍ってしまいそうだ。
信玄「謙信が部屋と着物の手配をしたのは佐助がここを発った後だっただろうが。
知らなかったんだから仕方がないさ。
姫を連れて来てくれたんだから、そう怒らないで労ってやれよ」
(つまり謙信様は私のために部屋を用意してくれて、もしかしたらその部屋に着物を用意してくれていたってことかな…)
迎える準備をしてくれていたのだと知って、知らぬこととはいえ申し訳ないことをしてしまった。
着替えるのは面倒だから遠慮したいけど、部屋を移るくらいなら平気だ。
そう申し出ようとした私の前で、信玄様が大人の笑みを浮かべて謙信様の肩に手を置いた。
信玄「面白くない気持ちはわからないでもないが、それを姫の前でさらすのは良い手とは思えんぞ?
せっかく夜通しかけて越後まで来てくれたのに労いもせず責めてばかりじゃあな。
………姫に小さい男だと思われて良いのか?」
謙信「む…」
鋭い目つきは信玄様を捕えて、面白くなさそうに逸らされた。
信玄様のおかげで謙信様の『今すぐどうにかしろ』というオーラが立ち消えた。
(う、すごい。あんなに怒っていた謙信様を大人しくさせるなんて、さすが信玄様だな)
「信玄様……」
ほっとして信玄様を見れば、蕩けるような笑みを向けられた。
安土城下で口説かれた時は心臓が騒がしくさせた極上の笑みも、窮地を救われた後では癒しでしかない。
(信玄様が居てくれて良かった~………)
信玄様に心の底から感謝している今なら、甘く口説かれたらぐらっときそう。
頼もしい男性、大歓迎だ。
信玄「久しぶりだな、麗しの姫。そろそろ君が恋しくて安土に行こうと思っていたんだ。
こうして君が足を運んでくれて嬉しいよ」
変わらない口説き文句が心を落ち着かせてくれる。
(信玄様が神様仏様に見える!安心する…!)
拝む勢いで信玄様に挨拶をした。