第28章 狐の化かし合い(光秀さん)(R-18)
光秀様の方が信長様をよく知っているだろうから、ここまで言うなら確かなんだろう。
町娘ならば一度は身分違いの恋を夢見る。信長様が私に興味を示してくださったのは、この身に過ぎたことで、本来ならば諸手を上げて喜ぶべきことだ。
でも私の心は私のものでありながら、とっくに光秀様に奪われている。
信長様に身体を奪われたら、私の心は壊れてしまう。
「信長様のお相手を務めるわけにはまいりません。
私は約束を破って、あの日からずっと光秀様をお慕いしておりましたから…」
心を決めて光秀様に胸の内を明かした。今更明かさなくてもバレているだろうけれど、好きだと言う気持ちを直接届けたかった。
彼は穏やかな、少し困ったような笑みを浮かべていた。
光秀「お前の口の堅さと頑な態度には参る。やっと言ったな」
まるで待っていたかのように光秀様のまとう雰囲気が柔らかくなった。
光秀「あの夜のうちにわかっていた。
お前の想いはこちらに伝わってくるほど強かった。俺を忘れられずに想い続けるだろうと」
「え…」
光秀様の手が愛おしそうに私の両頬を包んだ。
光秀「俺もまた舞のことを忘れられないと予感していた」
「それならどうして…」
両想いだった。そう聞かされてこの数年間はなんだったんだろうと切なくなった。
あの着物だって売りに出そうとしたのだって1度や2度じゃない。光秀様からの贈り物が他人に渡ってしまうと思うと胸が苦しくてどうしようもなかったから、往生際の悪い思いと一緒に箪笥にしまい込んだのだ。
忘れようと頑張っていた自分が惨めに思えてくる。
しかし今日ここで幸せに満たされるための試練だった、そう思うことにした。
もうこれ以上考えるのは放棄したい。
だって目の前に光秀様が居て、私を好きだと言ってくれて、抱いてくれようとしているんだから。
(もう化かし合いは終わりにしたい)
光秀「この話はあとだ。
早くお前を食わないと腹が空いて死にそうだ」
この人は年頃の娘の心を何年も縛り付けておいて罪悪感もないみたいな顔をしてる。
でも好きが強すぎて怒るどころじゃない。
怒るという負の感情は完全に停止して、この身から溢れるほどに幸せだ。
(私もお腹空いたよ、光秀様…)
お腹の奥がきゅうと痺れ、光秀様を見つめる視界が潤んだ。