第28章 狐の化かし合い(光秀さん)(R-18)
売り子「だって信長様がいらっしゃっているんですもの。
そりゃあ店主でも動くわよ」
「えっ、信長様⁉全然気づかなかった」
風変わりな天下人は時折城下に姿を見せると聞くが、舞はその姿を目にしたことはなかった。
それよりも信長と聞くと思い出すのは片腕であるあの男で、もしかしたら会えるだろうかと胸を騒がせた。
九兵衛との会話に登場しても遠い人のように感じていたが、主である信長の傍に控えている可能性は高く、そうなると再会が現実味を帯びる。
(もう何年も会っていないのに思い出す度に胸が痛む…)
この感情が恋なのか舞は誰にも相談せずに胸にしまい込んでいた。
一時共に仕事をしただけで惹かれた相手。
あの夜の出来事は……秘め事だ。
よく相談される恋愛内容とはあまりに違い過ぎて、自分が光秀を慕っているのかわからなくなっていた。
だが簡単に手放させなかった気持ちが舞の中にあり続けていた。
売り子「そうよね、舞はどんな男性が相手でも相手にしないものね。別嬪なのに色恋に興味がないって勿体なーい」
「そ、そんなことないよ」
売り子も舞も口を動かしているが、茶の味が偏らないように急須をマメに動かしている。
やがて大量の湯飲み茶わんに緑茶が満遍なく注がれ、良い香りがしているうちにと急いで配りにかかった。
「お待たせしました」
大きな盆に茶を乗せ、普段よりも何倍も重いそれを持って卓を回った。
信長が座っている卓には先に店主が運んでいたので、舞達は家臣にお茶を配った。
どこにも白い影は見えず、会いたい、でも会いたくないという気持ちに早々に決着がついた。
(会ってどうするの、馬鹿だな)
お茶の後に清潔な布巾を卓ごとに配っていると、不意に低い声で話しかけられた。