第28章 狐の化かし合い(光秀さん)(R-18)
「しばらくお姿を見ませんでしたが、どこか遠方にいらしていたんですか?」
九兵衛「ええ。人使いの荒い誰かさんの使いっぱしりなもので、今回も大変でした」
九兵衛は渋い顔をしてお茶を飲んでいるが、舞は楽しそうにその様子を見ている。
「さぞお疲れでしょう。
お仕事はひと段落したんですか?」
九兵衛「まだです。これから報告に行って、おそらくまた遠方にとんぼ返りです。
その前に舞さんの顔を見ておこうと思いまして」
九兵衛は色艶の良い舞の顔色を見て、安心したように笑った。
九兵衛「お元気そうで何よりです。また綺麗になられましたね」
「まぁ……、九兵衛様はすぐにそういうこと言うんだから。
以前お会いした時と何も変わっていないですよ」
褒めたのにあっさりと受け流され、九兵衛は苦笑しながら首を振った。
九兵衛「お世辞じゃありません。会うたびに綺麗になられていますよ」
舞は口元に手をやってクスクスと笑った。
「九兵衛様は大げさね」
九兵衛「好意を抱いている女性が可愛くなったのですから、褒めるのは男の性(さが)ですよ」
九兵衛は湯飲みを置いて舞をジッと見つめた。
晩夏の温い風が吹いて九兵衛の髪がふわりと浮くと端正な美貌が現れた。
いつも長い前髪で顔を隠しているが、髪をどければ光秀と同様に美しい。共通点をもうひとつあげるなら、そこはかとなく影を感じさせる魅力を有しているところだろう。
黒曜の瞳が艶を帯び、切ない囁きを落とした。
九兵衛「そろそろ私に靡いてくれませんか。
いつも本気に受け取ってくれませんが、私は舞さんのことが好きなんです」
大抵の女性なら大歓迎で受けいれる申し出にも舞は苦笑するだけだった。
「お気持ちは嬉しいのですが私は人を好きになるとか……よくわからないんです。
ごめんなさい、九兵衛様」
九兵衛は『またフラれてしまいました』と残念そうにしているが、本気で落ちこむことはなく、めげずに次に告白する機会を伺っている。
告白を断っても気まずくならないのは九兵衛のあっさりした態度のおかげだ。